2008/11/6(木) ダライ・ラマ法王 東京講演の概要(2)

(続き)

■事物の相対性
・すべてのものは、相対的に存在している
例) 薬指の長さは?
 小指と比べると、「長い」
 中指と比べると、「短い」
 薬指だけを見ると、「長いとも短いともいえない」

⇒ ものの属性や価値は、相対的に判断される。善悪の判断についても、同様である。

⇒ もの本来の様相を捉えるために、ものごとをあらゆる角度から見るように心がけること。
  現実的なアプローチをとるにあたっては、幅広い視野から対象を見なければならない。


■心の平穏(peace of mind)の効用
・自らの心をよく観察し、平穏に保つようにせよ。

例) 法王の胆石手術
通常15分程度で終わるはずの手術だったが、法王の場合は3時間かかってしまった。
だが、術後の回復が非常に早く、医師も驚いていた。おそらく、普段から心の平穏を保っていることが健康にもプラスに働き、身体の機能回復が進んだのではないか。
→ 心の静寂を保てば、ストレスも不安も減り、健康によい。

・さらに重要なのは、
あなた自身が平和な人間になることが、究極的には世界の平和に繋がるということ: 
家庭内における平和 → コミュニティにおける平和 → 世界平和

・私たちの心の中にも、愛と慈悲の種がある。
生後、母親との接触の多かった乳幼児は脳がよく発達する、という医学研究発表がある。
あらゆる子供は同じポテンシャルを持って生まれてくるが、子供の育つ家庭環境によって、どのような人間に育つか、違いが生じてくる。
→ 愛のあふれる家庭環境が大切。


2. 心の本質 について

・古代インドの説: 意識を6種類に分類
 仏教では、50(?)~80ものカテゴリーに分類する場合もある。

・意識の大部分は、普段は中立状態に保たれている。
善い/悪い感情が起きた時に、その影響を受けてバランスが偏る。

一人の人間が、一つの対象に対して、怒りと親切心を同時に持つことはできない。
一人の人間が、一つの対象に対して、時には憎しみを持ち、時には親切になることはありうる。
→ 基本的には中立的な意識が、愛する時は愛の方向に、憎む時は憎しみの方向に偏るから。


・「光明の心(clear light)」の定義
(1) 微細であること
(2) 恒常的であること
(3) 空であること

(1)および(2)について: 
私たちが認識できるレベルの心は「粗レベルの心」であり、恒常的ではなく、明滅的に存在している(刹那滅)。
「微細なレベルの心」=「光明の心」は、常に、連続的に、永遠に存在している。
この「微細レベルの心」をベースにして、「粗レベルの心」が生じている。

例) 泥水(粗レベル)とは、浄水(微細レベル)の中に泥が混ざっている状態
例) 氷とは、液体としての水の本質の在りよう(微細レベル)が、一時的に固体として表れている状態

(3)について:
心の本質は空であり、その逆もまた真である。
微細レベルの光明の心も空であり、その逆もまた真である。

Mind is empty; empty is the mind.
Clear light is empty; empty is the clear mind.


《講演は以上》

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(感想)

最後の部分、clear light の概念に関しては、時間の制約もあり、今回の東京講演のような形で前半の世俗の通念の解説の後に詰め込むには、少々無理があったのではないでしょうか。
「こんなに短い時間では納得いくまで説明するのは難しい」とお感じになったためか、まるでトートロジーの域を出ない簡潔な定義付けだけで、突然打ち切られてしまった、という印象を受けました。本来であれば、後半のテーマだけで、何かの経典に沿いながら3日ぐらいティーチングいただける内容であったように思います。
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by epea | 2008-11-07 20:03 | 仏教関連
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