ダライ・ラマ法王講演 質疑応答より

法王講演の質疑応答セッションで興味深く感じられたやりとりをメモしておきます。
時間がたってしまって今さらだけど、書いておきたくなりました。書かないと忘れそうだし。

以下の点は、私としては興味を惹かれたQ&Aだったのですが、あちこちの掲示板では別の質問について、大きな関心・感想が寄せられているのを見かけました。
受け側によって解釈は様々であること、なるほど、と再確認しています。


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《福岡講演より》
Q. チベットに対して日本人僧侶は何ができるか、ご教示ください。(日本人僧侶の男性)

A. 日本人僧侶の皆様による応援は、たいへんありがたく、感謝したい。
仏教、文化、環境の破壊が進んでいる現状について、人々に説明してほしい。

チベット問題には、次のような側面がある。
(1) 人権
(2) 歴史ある仏教文化・伝統の保護
(3) エコロジー(環境問題)
(4) 中印関係


(2)について:
仏教文化の保護は、チベット人600万人のみならず、少なくとも1300~1400万人のアジア人に共通している課題。中国人も、元はといえば数百万人が仏教徒であった。よって、チベット仏教の保護は、おおぜいの人々にとって重要な意味をもつ。
さらに、チベット仏教は「慈悲」「非暴力」の文化という観点からも、人類全体にとって有意味。

(3)について:
チベット域内に発しアジア全域をカバーする大河は、中国からパキスタンまでをカバーし、数十億の人々の命に関わる存在である。
チベット高原に存する氷の大陸は、北極・南極に次ぐ規模を擁し、雪氷の量でみれば、北極の容積に匹敵する(中国人の環境学者による説)。

(4)について:
チベットは中国とインドの間に位置し、両国と隣人関係にある。中国とインドはともに大国であり、人口にして全世界のおよそ三分の一を占め、両国の状態は世界平和に大きく影響する。
したがって、この両国の間に存在しているチベットの平穏もまた、世界平和に繋がっている。

以上4つの観点から、チベット問題について、お知り合いの皆様にご説明ください。

(感想)
……ということですので、僧侶ではない皆さんも、お友達には上の4点セットでもって、説明してみましょう!


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《福岡講演より》
Q. 死への恐怖は、どのようにして克服すればよいでしょうか。(20代女性)

A. 3つの方法があります。

(1) 神を信じる宗教の信者である場合: 
神への信仰で心の平安を得て、死の恐怖をやわらげることができる

(2) 無神教の信者である場合:
仏教においては、「死によって粗なレベルの意識は終わるが、微細なレベルの意識は来世まで続く」と考えている。死とは、「肉体という衣が古くなったから、別の衣に着替える」ようなもの。完全なる終わり、ではない。
ただし、次にどのような衣を着ることができるか?は、カルマの法則により、現世での善行・悪行に左右される。よって、現世で善行を積んでおくことが大切である。

(3) 無宗教な人の場合:
物事には、「始まりがあれば終わりがある」。
生命についても、同じ論理的帰結を受け容れるしかないでしょう。

以上の3つの中から、自分で好きなものを選びなさい。
どれを選べばいいかって? I don't know.


(感想)
最後の部分、クールに突き放した法王の一言にしびれました。


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《東京講演より》
Q. チベットの情勢について怒りを抱いている。(平和を祈る僧侶の会)

A. (法王、怒りを鎮めるためのテキストとして、シャーンティディーバ『入菩提行論』を紹介)

(感想) 
この質疑応答は、残念ながら、通訳を介在させるコミュニケーションがうまくいかなかった一例だったと思います。

この質問をなさったのは、「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」の方でした。春先から、無風状態に近かった日本の仏教界の中でチベット問題を訴え続けてこられた僧侶の方々の中のお一人だったと思われます。その方が、ダライラマ法王がかつて日本人仏教学者のインタビューにおいて「慈悲をもって怒れ」と語っておられた背景を踏まえて、怒りの有効性について法王に問うた時、この方は「チベット問題について見聞きした日本人が、慈悲をもって怒りを表したいと感じた時、どのような行動が有効か」といったようなことも含めて、大勢の日本人がいる前で、あえてお尋ねになりたかったのではないか、と思います。

しかし、日本人の質問をチベット語に訳して法王に伝えていたのは、チベット人の通訳者の方でした。彼は、話し言葉の日本語は堪能でいらっしゃいますが、おそらく、日本人のチベット支援者の間では度々話題にされてきたこの有名なインタビューを、日本語の書籍では読んでおられないでしょう。

また、「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」の存在についても、もしかしたらご存じないかもしれません。そういう日本人僧侶の会があることは聞き知っておられるかもしれませんが、その会の日本語名称まではご存知なかったかもしれません。

質問者の僧侶の男性は、ただ単純に怒りを表明していたわけではないのです。法王がこれまでただ単純に、いかなる状況に対してもなしくずし的に優しくあれ、などと説いてきたわけではないのと同様に。慈悲とは、そのような生ぬるいものではないでしょう。この方の気持ちを矮小化しないでいただきたい、と思います。日本の冷たい空気のなかで行動されてきた仏教者の思いが伝わらず、この方の勇気をもった問いの試みが見栄えのよい善意でもって衆目の下で矮小化され、解体されて伝播していくとしたら、口惜しく残念に感じられてならないのです。


(……うーん、今夜はこれにて時間切れ。)
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by epea | 2008-11-09 21:37 | 仏教関連
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