大安・元日にBSフジから伝わってきた「転換点」への兆し

あえて明るい話を一つ。

元旦にBSフジで放映されていた『第三の極 チベット 天空への道』という番組。ふだんは目が疲れるのでテレビはあまり見ないのですが、今年は偏頭痛でやすんでいたのと、新聞のテレビ欄BS番組コーナーで一押しで紹介されているのに運よく気づいたので、こめかみを指圧しながらがんばって見ることにしました。

昨年春より数ヶ月前に撮影されたという映像ドキュメンタリーの一種、でしょうか。ドキュメンタリーというほど特定の人やテーマにフォーカスされた作りではなかったかもしれませんが、チベットの清冽で壮大な山の連なりや風の吹きすさぶ湖、そしてあの抜けるような青い空を、BS番組らしい高精細の映像で堪能することができました。何よりもこの時期に、青蔵鉄道ではなく時間をかけてハイウェイに沿ってチベットを撮っていくという手法が好ましく感じられましたし(とはいえハイウェイも元来、鉄道の建設と同じ趣旨で建造されたものではありますが)、また、ハイウェイをびゅんびゅん飛ばしていく車のかたわらを五体投地しながらゆっくりと進んでいく巡礼の夫婦や家族の姿を、やや長めの時間をかけて丁寧に撮影していた点にも好感が持てました。

とりわけ嬉しかったのは、番組で流れていたナレーションでした。
次のような具合です。(太字の部分がナレーションのセリフ)

・「この映像は……中国政府がラサを制圧する数ヶ月前に撮影したものです

・(青蔵鉄道の列車がラサ駅のホームに到着する時、駅に音楽が流れる場面で)
中国音楽は、ちょっと似つかわしくない気がしました

・(ラサ近郊にある美しい離宮、ノルブリンカの映像。かつて法王が夏の間に過ごした別荘であることを説明した後に)
主を失ったノルブリンカは、悲しそうでした

・「主を失ったポタラ宮…… 
いつかポタラ宮に、魂が宿る日がくると信じています


・「屈託のない少年僧たち……
彼らは、たとえどんな時代になっても、神に祈る心を忘れないでしょう


・「この風景があるかぎり、
仏をうやまい、暴力を持たないチベットの人々が生きるかぎり、
世界の人々の心からチベットを消し去ることはできないでしょう


・「チベットの人々は、この大自然に溶け込みながら、
自らの文明を築いてきたのです。
かつてのチベットは……美しい山河に……
どこへ行っても、美しい自然と人々の融和を感じられたといいます


・「このチベットの人々の叡智が、未来まで続きますように。
それが地球の平和につながるものだと、私は信じます



……ね、どうでしょう? だいぶ踏み込んで、言ってくださっているのではないでしょうか?!
番組の制作者の方々のおっしゃりたいこと、よく伝わってきますよね。やはりマスコミの世界には何か大きな力があって、言うべきことをはっきりと言葉にしたら、企画が潰される。
それでも、なんとかして、言いたい。
「今のラサは本来あるべき姿じゃない」ということを、比喩にくるんででも、なんとか伝えたい――そんな気持ちが伝わってきそうな、ぎりぎりの線上で練り上げられた言葉の数々。
嬉しいじゃありませんか。

(ナレーションのセリフについては、大体こんな感じだったということで。走り書きでメモしましたがセリフの速さに追いつけず、厳密にはメモできなかったので100%正確なものではありません、ご容赦ください。)

それほど期待して見始めた訳ではないのです。「きっとまた新華社引き写しのような解説。腹立たしいから、きれいな光景だけ見ていよう」と、当初は横になったまま、画面をぼんやりと眺めていました。ところが、「中国政府がラサを制圧……」と聞こえてきた瞬間、一瞬耳を疑ってから、「そうそう! よく言った!」と膝を打って起き上がり、後は正座して見てました。マスメディアでは皆さん、昨年春の状況については何となく言い難くて、「騒動」とか「騒乱」とか、ひどい場合は相変わらず「暴動」という言葉を使っている。けれど、その後も人民軍の装甲車や大勢の兵士が街中に駐留し続けている現状を考慮すれば、実態としては「中国政府がラサを制圧した」というのが限りなく事実に近いでしょう、少なくとも侵略された立場から見れば。

主を失ったポタラ宮、主を失ったノルブリンカ。そうなんです、これら美しい建物たちの本当のご主人様は、観光客からの莫大な入場料金を日々がっぽり懐にしている某政府、ではないんです。ポタラ宮に「魂が宿る日」って……よくぞ言ってくださった。「魂」とは誰をさすのか? もちろん・・・ですよね!

5番目の「神に祈る」という表現には仏教的には違和感が否めませんが、ここはツッコミ入れるところではないでしょうから(笑)。それよりも、番組が言わんとして言葉を尽くされている姿勢の方が、よく伝わってきたと思います。「たとえどんな時代になっても、祈る心を忘れないでしょう」

この番組から感じたこと:
■テレビの世界では相変わらず一定方向の力が働いているようであるが、現場で制作に携わっている人々の中には、当局寄りの偏向のかかっていない情報や現状認識が浸透してきており、さらに、事実について、制約下にあっても番組の中でできるだけ積極的に表現してオンエアしたい、と考えてくれている人々、そしてそれを認めてくれる人々が、確実にいる。
(少なくともBSフジの番組統括、オンエア責任者の中には。)

■新聞の世界でも、こういった姿勢の番組を高く評価して、テレビ欄の紹介コーナーで大きくとりあげようという人々がいる。
(少なくとも日経新聞テレビ欄担当責任者の中には。)


(ちょっと疲れたので、続きはまた明日。)
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by epea | 2009-01-07 03:21 | 日常雑記
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