カテゴリ:インド関連( 28 )

フォトジャーナリスト・山本宗補氏サイト、佐々井師関連リンク

先日、佐々井秀嶺師の伝記(まだ存命中だから伝記とは言わない?半生記??) 
山際素男著 『破天――インド仏教徒の頂点に立つ日本人』(光文社新書)を読んで、あまりの面白さに雄たけびを上げていたら、写真家Nさんが情報を知らせてくださいました。
(今リンクを張ってみて気づきましたが、アマゾンにもさっそく寄せられている書評が、いずれも熱いですね。)

日本人フォトジャーナリストの山本宗補さんが、佐々井師を長い間取材なさっているそうです。

インド:佐々井秀嶺・アンベードカル・インド仏教
「標高888mからの浅間山ろく通信」

↑ トップページ、アウンサン・スーチー様の凛とした肖像があまりに美しく、圧倒されます。
このお写真から察せられるように、山本さんは長年、ビルマ情勢を追っておられるとのこと。

休刊間近の月刊Play Boy(「週刊プレイボーイ」ではありません)11月号に、佐々井師へのインタビュー特集が掲載されています。佐々井師のインドでの業績を、手っ取り早く理解するのにちょうどいい感じ。また、気になる『破天』以降、2000年頃以後の活動についても紹介されています。

(それから、この雑誌にはたいへんビューティホーな金髪女性のお姿もたくさん。Play Mateという名誉称号?があるのですね。同じ人類とは思えない・・・ぼぅーっとしてしまう。それにしても、こんな殿方の夢のような雑誌でさえ売行き不振で休刊になってしまうなんて、他の一般書籍はいかに苦戦を強いられているのだろうかと、あらためて心配になってくる。)

また、11月23日付の信濃毎日新聞に、山本氏による『破天』の書評が掲載されていたらしい。残念ながら、信濃毎日のウェブ版には載っていないようでしたが、読んでみたいですね。

先月のキッドアイラックホールでの講演会では司会をなさっていて、世界の仏教関係についても取材なさってきたご様子が伺えました。「お守り」として、十数年ほど前に高僧にいただいたという数珠を首に巻いていらっしゃいました(私の聞き間違いでなければ)。

ところで、つい先週には、世界仏教徒大会なるものが浅草で開かれていたのだとか。お題は、時宜を得た「仏教者の社会問題解決への貢献」。知らなくて迂闊だった、行ってみたかった。
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by epea | 2008-11-24 00:21 | インド関連

2008/11/17(月) 特別会議開会声明、超ど級・佐々井秀嶺

今日からダラムサラで特別会議が始まっている。そのせいか週末から昨夜まで、連帯委員会のサイトまったく表示されず。アクセスが集中していたため?

カシャック(亡命政府内閣)からの開会声明はこちら
かなり長いね(笑) 一番下に会議の目的が三項にまとめてあります。


今朝はN駅で人身事故で、大幅な遅れ。40分近く車内で待って、痺れを切らして駅の外に出たら、振り替え輸送のバス待ちに長蛇の列でうんざり。……もう、このブログは「毎朝のJR事故日記」と化しました(笑)
東京、人大杉。日本の駅員さん達の仕事の精度や勤勉さは、海外各国と比べてずば抜けていると思う。にも関わらずこれほど混乱するというのは、もう、人が多すぎのせいとしか考えられない。みんな移住を真剣に考えたほうがいい(自分を含めて)。

佐々井秀嶺の人生記『破天』、面白すぎ。今日は…… インド国籍を取得できないまま最貧民層の立場に立って仏教復興活動を続けてきた佐々井が、彼を心よく思わない既得権益者・ヒンドゥカースト上位階級者・政府上級官僚らの陰謀によってあわやインド国外追放の憂き目に―― と思いきや、「バンテージ・ササイ(導師・佐々井)」の危機を知った数十万の民衆が立ち上がる。委員会が結成され、ジャーナリストらが良心的な下院議員とタッグを組み、新聞各紙も連日トップで報道、インド各都市に数万人単位のデモが広がり、仏教徒のみならずイスラム、ヒンドゥ、キリスト、シク教徒ら他宗教信者の厚い賛同をも集め、一ヶ月にしてたちまち集まった60万人分の署名を手に、1500名の陳情団が貸切列車で首都デリーの首相官邸へ向かい、ラジヴ・ガンジー首相(当時)に佐々井へのインド国籍正式認可を迫る…… というくだり。

こんな、こんな……並みの映画よりはるかに波乱万丈やん!! というか、誰か日本人監督、佐々井秀嶺に密着して記録映画を今すぐ撮るべき。74歳・佐々井氏の生きているうちに、今すぐインドへ飛ぶべき。

こんな大事件、どうして日本人の私が全然知らんかったの?? これって、時々報道されているの? ほとんどTVを見ていない自分がいけないの?!? でも、2004年頃の深夜番組については情報が出回っているけれど、他にはないらしい?? どうなってるの、いったい。これからは毎日、ナグプール・タイムスをチェックだ!


朝: ミルクコーヒー、ミルクティーのチョコクロワッサン
昼: 辛子高菜の白味噌ラーメン(辛子高菜おいしかった~)
夜: 茸とホタテのクリームシチュー、ごはん

グレープジュース
カフェオレ
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by epea | 2008-11-17 08:08 | インド関連

ダラムサラ情報まとめブログ

ダラムサラ情報は別のブログにまとめていくことにします。
今後はこちら ↓ をご覧くださいね。パルデンさん自伝復刊関連もこちらに移す予定です。

http://dhasa.exblog.jp/

まだ全然引越しできてないけど、徐々に移していきますのでヨロシク。
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by epea | 2008-09-09 12:00 | インド関連

命の水

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毎朝、水を汲んでくれた隣家のおじいさん。この水場は近所の人々が飲料水や料理のための水を汲みにくる所で、私もここで顔を洗ったり歯を磨いたりしていた。生で飲んでも何の問題もなかった。結局、ダラムサラにいる間じゅうずっと、お腹の調子はきわめて良好だった。最初は不便に感じたが、むしろこの水場に行くことで「ご近所さん」と知り合う機会が増えたのだった。断水に遭ったおかげでチベタンの友人が出来て、世界が広がった。嬉しい「断水」だった。

とはいえ、水の不自由な街にしばらくの間住んでみて、あらためて水のありがたさを身に沁みて痛感した。水は命を繋げていくうえで必須なもの、ということは、常識として知っていたけれど、実際に水道の出ない場所で生活してみて、身を以って学んだ、という気がする。水を飲まないと生きていけないのはもちろんだが、仮に飲み水だけはボトル入りのミネラル・ウォーターが手に入るとしても、水がなければまず、トイレで排泄物を流すことができず、大いに困惑することになる。衣服はおろか、顔も体も洗えない。「生活している」といえる状態を保つことが、ほぼ不可能になる。

水は、大切なものだ。

*

医者、用水路を拓く』は感動的な著作なので、未読の方はぜひ一読されたし。著者はペシャワール会代表・中村哲医師。1984年以降、パキスタン、アフガニスタンの辺境で難民に寄り添いながら現地医療に尽くし、特に2000年にアフガニスタンを襲った大旱魃以降は、メスを重機のハンドルに握り替えて、水源確保事業、緑化事業、灌漑水利計画等を推進してきた人である。その作業地、1500ヶ所以上。年間診療数、約8万人。

本書は、ペシャワール会2001年9月から2007年4月までの活動記録となっている。中村氏に率いられた現地人および日本人ワーカーの方々が、国際政治の不条理に引き裂かれるような状況に翻弄されながらも、その時々に実践しうる最善を目指して力を尽くし、乾燥しきった大地に用水をもたらすべく灌漑施設を敷設しようと地道に奮闘し続けてきた様子が記されている。あくまでも淡々とした記述ゆえに、いっそう胸に迫る。(ダラムサラにいた時、中村氏の活動についてもOさん達との間で話題になった。)

『目覚めよ、仏教』の対談において、ダライ・ラマ法王は「(不正に対しては)慈悲をもって怒れ」と説いている。中村氏の『医者、用水路を拓く』はまさしく、「菩提心を起こした個々の人間が、(虚構にまみれた国際紛争の巨大な渦中にあって)やり場のない怒りを抱きつつも夜叉の如く、固い覚悟で利他行を続けてきた記録」といえる。

「百の診療所よりも一本の用水路」

「飢餓と渇水を前に医療人はあまりに無力で、辛い思いをする。
清涼な飲料水と十分な農業生産があれば、病の多くは防ぎ得る」

「私たちが持たなくてよいものは何か、人として最後まで失ってはならぬものは何か、
私たちのささやかな実践が、それに想いをいたす機縁となれば、苦労も報われると思っている。」

チベット仏教的には、最上の菩薩行によってよき転生を果たされるに違いないのだが、伊藤和也さんには心から敬意を表し、ご冥福をお祈りいたします。
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by epea | 2008-08-30 10:33 | インド関連

ダラムサラでは五輪への抗議集会が続く


ダラムサラでは、ちょうどデリーで無期限ハンストが開始された7月末から、そこはかとなく五輪に対する抗議ムードがかもし出されていました。

そこはかとなく……というのは、五輪を支持する法王様のスタンスに配慮して、一般人の皆さんとしては表立っては抗議アクションを強く打ち出さない姿勢を保っておられたからですが、心情としてはやはり「本土における当局の蛮行を容認しているわけではまったくない、抗議の意思表明をしたい・・・」 と感じていた人々がほとんどではないかと思います。お店や行商のおばちゃん達、ストリート・ミュージシャン、学校の先生といった人々と話をしてみて、私自身はそういう印象を受けました。

そのためか、開会式前日の7日(木)から、チベット系の商店はいっせいに閉店し、連続抗議デモの態勢に入りました。毎日、数千人の人々がツクラカンの広場に集まって集会を開き、そこからロウワーダラムサラに向けて坂道を下っていくのです。あるいは逆のコースで、山の麓の方から上のマクロードガンジまで上っていく、というパターンも。

私がダラムサラを出なければならなかったのは開会式当日である8日でしたが、この日は朝9時から集会があり、たいそうな勢いでした。ちょうど、5月6日の東京デモ最後の時の、代々木公園屋外ステージを彷彿させる盛り上がりでした。(ちなみに、3月22日の東京デモの模様はかなり海外でも放映されたようで、チベタンには何度か感謝されました。)

昨日10日の様子がパユルに出ています。
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by epea | 2008-08-11 10:30 | インド関連

帰国しました

しばらく音信不通になっていて、すみません。先週後半、完全にネットから切断された状態にありました。

夜行バスと飛行機を乗り継いで、東京に戻ってきました。戻ってきた途端、下痢になってしまいました。。

蛇口をひねれば水が出て、供給電圧も安定していて。日本は贅沢で快適ですね。

ダラムサラでは数多くの知遇を得て、それと同時に多くの宿題を戴きました。今後、それらをどうやって形にしていくか、思案のしどころです。

ウェブでの情報発信については素材をたくさん持ち帰ったので、写真やインタビューを少しずつ上げていこうと思います。

とり急ぎ、お知らせまで。
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by epea | 2008-08-10 23:38 | インド関連

2008/08/02 (土) デリーの無期限ハンガーストライキ 続報

7/28にデリーで開始された無期限ハンガーストライキの続報がPhayul に出ていますので、興味ある方はご参照ください。6日目を過ぎて、参加者の健康状態はきわめて危ぶまれている模様です。(訳している時間がなくて、すみません。)

なお、記事の最後に感想を投稿できるシステムがあります(一番下の「Reader's Comments」とある赤い欄をクリック)。こちらに英語で投稿すれば、Phayul の読者(大勢のチベット人が読んでいます)に声を届けることができると思いますので、試してみてください。

Phayul の写真コーナーはこちら

ダラムサラでは街中にポスターが貼られています。道行く人々も心配そうに足を止めて見ています。
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知人が参加している、という僧侶の方々。長い時間かけてポスターを読んでいました。
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ハンスト参加者6名の内訳は、5名が僧侶で1名が一般人。そのうち、ダラムサラ出身者は一般人を含む2名です(写真上段真ん中と下段左端)。
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by epea | 2008-08-03 10:15 | インド関連

2008/08/01 (金) ティーチングが目前に迫ったツクラカンの様子

8月4日から6日まで、法王様によるティーチングが行われます。日程が近づいてきたためか、ツクラカンの空気も徐々に変化している感じがします。
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本堂ではカメラテストが始まっていて、新しいバター彫刻も作られていたり。昨日は2人の僧侶の方々が新たに砂曼荼羅を書き始めておられる場面を目にしましたが、今日はその一隅は幕に覆われていました。
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今回のティーチングで講義されるテキストは、アティーシャ・ディパンカーラ・シュリジュニヤーナの『菩提道灯論』。チベット語では『ジャンチュプ・ラム・ギ・ドンマ(jamchup lam kyi drolma)』。ありがたくも、法王様専属日本語通訳者として名高いマリア・リンチェンさんが今回も通訳についてくださるそうです。日本語のテキストはすでに入手したので、該当箇所のチベット語の原本も見ておきたいと思い、街中の本屋さんで探しているのですが、意外と見つかりにくい。ツクラカンの中にある親切な本屋さんにいろいろと教えていただいて、英訳版は入手しました。

本堂のアティーシャ像です。
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by epea | 2008-08-01 12:21 | インド関連

2008/07/30 (水) ミンマル・キーパさん&ゲシェー・ガワンさん

この日は近所の雑貨屋のおばあさん、ミンマル・キーパさん(Memar Kyipa)にお話を聞かせていただきました。ぜいたくにも、ゲシェー(仏教学博士)のガワンさん(Geshe Ngawang)にチベット語から英語への通訳を担当いただきました。

ミンマルさんは60年代にインドへ亡命してから、ずっとダラムサラ在住だった方です。お店を通りかかるたびに片言のチベット語で買い物をしている時に、同じ建物に住んでいるガワンさんが話しかけてくださり、「この人は昔の亡命の様子を知っている人だから、話を聞いてみたら? 僕が通訳してあげるから」と申し出てくださったので、ありがたくお願いすることにしました。南インド・セラ寺で博士になられたゲシェーに通訳をお願いするなんてもったいない!と恐縮したら、「いやー僕は、スモール・ゲシェーだからね~」と、気さくなガワンさんです。

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Q. いつ、どのように亡命なさいましたか。

A. 1967年、33歳の時に、夫と2人でインドへやってきました。私はギャンツェの南、ブータンとの国境にきわめて近いファリ(Phari)という街に住んでいたので、まずブータンに入って、首都ティンブーに15日ほど留まっていました。それからプンツォーリンという街に移動して、5ヶ月間ほど過ごしました。そこでは特に何もしていませんでした。

その後、ブータンからインド政府の難民所センターへの連絡が通り、(マナリーに近い)クールーという街に送られました。クールーでは5ヶ月間、道路工事などの建設現場の仕事を与えられました。これはインド政府から紹介された仕事で、強制的にさせられたわけではなく、やりたかったらどうぞ、と紹介された仕事でした。ブータンにいた時は何もすることがなく暇だったので、何か体を動かす仕事をしたいと思ったのです。

クールーでの滞在の後、ダラムサラへ来ることができました。すべて、1967年の出来事でした。

Q. なぜ亡命しようと思ったのですか。また、亡命に危険はともないませんでしたか。

A. 中国の侵攻が始まって以来、1960年代は年々その支配傾向が強まっていました。1959年に法王様がインドへ移られてからは、私の周囲の人々も法王様を追うようにして、年々インドへ亡命していました。当時は特に危ないこともなく、peacefully に国境を越えることができました。私も夫と2人で、平穏無事にインドへやってきました。ブータンも安全でした。

亡命することにした理由は、年を追うごとに、中国によって多くの規則が、しかも従来のチベットの習慣とは相容れない規則が決められて、押し付けられるようになっていたからです。特に農夫に対する規則は違和感の大きいものでした。財産を持っている人は没収され、土地もとりあげられて、勝手に細かく区分けされたりしていました。そうした状況が進むなかで、中国人は信用できない、と思わざるをえませんでした。ですので、ダライ・ラマ法王様の後を追っていこう、と決意したのです。

Q. まだ故郷に残っている親戚やお知り合いはいらっしゃいますか。また、その方々と連絡はとっていますか。

A. 親戚も友達も残っているはずなのですが、ずいぶん長い間、連絡をとっていなくて、生きているか亡くなっているかも不明です。連絡をとる手段がないのです。

Q. ダラムサラでの生活は、いかがですか。もしチベットに戻れるとしたら、どうなさいますか。

A. ここでの生活は、まずまずです。なんといっても法王様の近くに住んでいられるのですから、幸せです。今は引退したような形で、のんびりと雑貨屋の店番をしていますが、ダラムサラに来てからは夫と2人で衣類のビジネスを営みながら、(身寄りのない)甥っ子を育ててきました。ウールを仕入れてセーターを編み、それをインド人に売る、という商売です。それで、家族3人で暮らしてくることができました。こうして生活してくることができて、インドの環境に感謝しています。

そういう訳で、ダラムサラの生活には満足していますが、もしチベットに戻れるとしたら……。ファリは、結婚するまで過ごした街ですから、もちろん懐かしいですよ。年をとるにしたがって、昔のことがますます懐かしく思い出されるようになってきました。ですから、許されるのであれば、もちろん行ってみたいです。でも、行き方もわかりませんし、何よりも中国政府が許してくれるとは思えませんから。

Q. もうすぐ中国でオリンピックが開かれますが、何か感じることはありますか。

A. オリンピックが開かれることは知っていますが、あまり興味はないので、特になんとも感じません。私はこうしてのんびり暮らしていますので、政治の話はほとんど耳にしていないのです。


Q. (ゲシェー・ガワンに質問)TYCはデリーでハンガーストライキを始めていますが、どのようにお感じになりますか。

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A. TYCは、全チベット人の自由・独立を求めています。
一方、政府としては、宗教的な自治権を得ることに重きを置いているようです。アピールの方法としても平和的なマーチぐらいで、ハードなデモは望んでいないと思います。

TYCでは、チベット域内と亡命チベット人、すべてのチベット人にとっての利益を目標にしているようです。が、これは難しいことだと思います。私個人は、法王様の方針・政府の方針に従いたいところですが、政府が中国と行ってきた交渉にも実質的な成果がなく、こちらも難しい状態になっています。

ただ、確信をもって言えるのは、法王様は行動やお考えを発表される上で、善を貫いておられる、ということです。法王様は、「チベット人だけでなく、中国人を含めて世界中の人々にとっての善」という観点で、常に発言されてきています。むしろ「人間にとっての善」だけでなく、「すべての生ける存在にとっての善」について、考えておられます。

仏法では、リーダーとは「人々に善を示す者」を指します。
世界各国のリーダーの方々には、お金や名声に執着せず、「自国の人々の日常生活にとって善いことは何か」をまず第一に考えていただきたいと思っています。いま現在の経済問題だけでなく、(仏教で説かれるように)未来を含めた視点から、物事を考えて欲しい。未来にわたっての善とは何かを考えていただけるよう、希望しています。

(インタビューは以上)

************************

お話を伺っている間、ツジイマンさんに撮影をお願いしました。ツジイマンさん、長い時間、どうもありがとうございました。
ツジイマンさんは、ちょうどこの3月からダラムサラに滞在して、こちらの状況をつぶさに見てこられた方です。まだ当分は旅人として旅行を続けるそうですが、日本に戻られてからは、音楽・映像プロデューサーとして活躍されることと思います。彼ならきっと、チベットをテーマにした映像・映画をひろく流通させるべく尽力してくれる! 力がある! と信じています。
ツジイマンさん、これからもいい旅をして、広く世界を見て、日本に戻ってから、その貴重なご経験を生かして活躍してください。応援しています!
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by epea | 2008-07-30 23:55 | インド関連

2008/07/29 (火) TYCによるキャンドル・マーチ

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TYC(チベット青年会議・Tibetan Youth Congress, こちらのチベット人はYouth Congressと略称します)の主催で28日(月)よりデリーで開始された無期限ハンストを受けて、29日(火)にはダラムサラでもキャンドルライト・マーチが行われました。

一緒に行ったショップ店員のデチェンによると、「思っていたより人出が少ない」とか。雨のせいだったかもしれません。
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ダラムサラ中心街で配布されていたキャンドルを手に、夕方6:00ごろスタート。中心街を3周ぐらい回ってから、ツクラカンへ向かいました。3月以来、一連の騒乱で亡くなった人々を悼むために毎週月曜にこうしたキャンドルマーチが開催されていますが、今回もいつもと同じコースです。行進の先頭に立っていた僧侶の方々の中には、先日インタビューしたバクドさんの姿もありました。

ツクラカンの広場に集合し、6:40頃からスピーチが始まりました。写真は、RTYC(Regional Tibetan Youth Congress)副議長のトプラ氏。
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チベット語でのスピーチの後、英語でも今回のマーチの意義について、紹介がありました。
Phayul に掲載されていた記事を読み上げるというかたちでの紹介でしたが、最後に要点として、次の3点を挙げていました。

1) このハンストによるアピールは、内外のチベット人600万人の連帯を示すため、600万人の代表として行っている
2) 訴えたいのは、オリンピック問題だけではない。
Tibetan issue for the Tibetan people, by the Tibetan people」であることを強調したい
3) こうしたアピールを通じて、国際社会により多くの支援を要請できれば、と希望している

Phayul 動画付の記事はこちら。ただし、私自身は動画は確認できていません(今の通信環境では見れない・笑)。記事の日本語訳は「チベットNOW@ルンタ」7月29日のエントリでも掲載していますが、以下の通りです。

*******************
http://www.phayul.com/news/article.aspx?id=22029&article=TYC+to+launch+second+%E2%80%9CTibetan+People%E2%80%99s+Mass+Movement%E2%80%9D%2c+vows+protests+during+Beijing+Olympics

"TYC launches indefinite hunger strike without food and water in New Delhi"
<チベット青年会議(TYC)、水も摂らない「無期限ハンガーストライキ」をニューデリーで開始>

Phayul[Monday, July 28, 2008 15:42] By Tenzin Sangmo
Phayul 2008年7月28日 テンジン・サンモ

【ニューデリー、7月28日】――チベット青年会議(TYC)は、北京五輪に反対し、チベット占領状態への抗議を示す「チベット人による大規模運動」第二段を打ち出した。オリンピックを見据えて続行するキャンペーンの一環として、TYCは本日、「チベットのための無期限断食――水・食糧断ち」を、ジャンタルマンタルにて開始した。

この大規模運動は昨年8月8日、2万5000人のチベット人が世界中からインドの首都に集まり、中国による夏のオリンピック開催に反対するデモを実施した時から始まっている。昨年8月には、14人のチベット人が33日間「死の無期限ハンガーストライキ」を行った。

今回は、中国がTYCの要求を聞き届けるまでとして、6名のチベット人が食糧も水も絶ったハンスト要員に志願した。彼らの名前とプロフィールは次の通り:

シツェル・ニマ(37歳)
ソナム・ダクパ(ソダク・31歳)
テンパ・ダルゲ(25歳)
 (以上3名は南インドのセラ僧院ジェ学堂テホル僧房所属)
ツェリン(23歳:ムンゴッドのデプン僧院ロセリン学堂所属)
ジャンチュプ・サンポ(28歳:ダラムサラのマクロードガンジ在住)
ワンデュ・プンツォク(31歳:ダラムサラのノルブリンカ在住)

ソナム・ダクパは、今年実施されたチベット人蜂起運動の一つ「チベットへの帰還行進」の中心メンバーでもあった。
「私達が北京五輪に対して抗議を行っているのは、中国が人権を向上させるという自身の約束を守っていないためだ。彼らは法王を分離主義者として非難し、TYCをテロ組織呼ばわりしている。私は中国に対して、自分達の批判を実質的な証拠をもって示すよう、真剣に要求する」

状況が深刻な様相を帯びているのは、水だけは摂取してきた従来のハンストと違って、今回の6名のうち5名の僧侶は、食物を絶つだけでなく一滴の飲料も摂らない、と言っているからだ。
多くの医師は、健康な人であれば食物を摂らなくても水さえあれば生き延びることができる、としている。だが、水無しでの生存と食糧無しでの生存は、大きく異なっている。
ある程度健康な状態であれば、極度な暑さや寒さにさらされない限り、人は水を飲まなくてもおよそ3日~5日間は生存できる。より健康であればあと一日、もしくはそれ以上、生き延びることができるかもしれない。けれども、食糧と水の両方とも摂取しないというのは致死的であり、医療の観点からは、人は水を飲まない状態では、けっして一日以上過ごしてはならない、とされている。

TYCによると、ハンストに入った6名は、世界中に散らばっているチベット人600万人の苦境を代表している、という。

この日のメイン・イベントの公式スタートを記念する儀式ランプを点灯したのは、主賓として招かれていたチベット全党国会議員連盟(All Party Parliamentary Forum for Tibet)議長シュリ・バシスト・ナライン・シン国会議員。

特別来賓の『ティバト・デシュ(Tibbat Desh)』誌編集者であり卓越したジャーナリストのビジャイ・クランティは、次のように述べた。
「『オリンピックは植民地主義国家の植民地利益のために濫用されるべきではない』と、立ち上がって世界に訴える――少なくとも、それが私達の責任だ。
断食というイベントの開始に立ち会うのは、個人的にはまったく喜ばしくないと認めざるをえない。だが自分自身の意見を表明する非暴力な手段というのは、時として本人には非常に冷酷な状態をもたらすことになる」
「けれども、特定グループの政治的な意見を表明するために爆弾を用いてまったく関係ない人々を巻き添えに殺傷するよりは、こちらの手段の方が遥かに上等、とも認識している」

TYC議長のツェワン・リジンは、報道陣に次のように説明している。
「チベット青年会議は、中国共産党政権による残虐な弾圧の下、チベットでは人々が甚大な苦しみにあえいでいるという深刻な状況ゆえに、本日、このハンガーストライキを開始した。3月10日以降、チベット域内のチベット人達による歴史的な蜂起に続いて、チベットは実質的にまったく自由のないまま封鎖されている状態だ。
私達の活動を通じてチベット問題を国際舞台に訴え続けること、そして中国政府にできるかぎり圧力を与えること――これらが亡命チベット人の果たすべき責任であると、私達は考えている」

TYCは8月7日にも、ガンジーの非暴力と「サッティヤグラハ」(真実の主張)の原則に基づいた「大規模デモ」を計画している。

(以上)
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by epea | 2008-07-30 03:53 | インド関連