カテゴリ:未定稿( 4 )

形のないもの


今日 どこかで生まれている幸福
あつい手当てを零しながら
銀の匙をくわえて放射状に拡がっていく微笑み
それぞれがそれぞれに大切であると名指すこと
名指されるものたち それら
明け方の陽光に輝く尖塔の
上空に湧きあがる雲のようなもの

目を凝らすと消える短い虹を一瞬
さなかに淡く抱えていて
いずれの白昼の立ち位置からも異なった像に示される
離れた青空ではくっきりとした姿勢をとりながら
近づけば掴みどころのない湿り気に戻ってしまう
細かく調べたところで意味がないのは
あらゆることはとうにどこかで描かれていて
見渡せば到るところ 既視感で照り返されているから
それでも日暮れ前にはすぐれた人々が
誰も見たことのない断崖から骨をよじりながら
夕映えを摘みとろうと血の流れを傾けている

望んでいたのは死に向かう入江を遠ざけるための
苦くて白い粒ではなくて小さな赤い実だったのに
わかってきたのは自分の口に運ぼうとしても宙に溶けてしまうこと
ベランダで鳴き交わす小鳥たちの肩を優しく撫でながら
くちばしの中にそっと押し込んでやる ひとつずつ
ここですれちがったものたち みんな天国へいきなさいね
そう小さく念じながら

濡れたハトロン紙がわずかに乾いて剥落していくように
自分は少しずつこぼれていく だから何ということもなくて
できれば その時に洩れる音が伝えられればいい
押し黙ったままの苛烈な夏の重みから支えられきれずに
ふと迷い出てくる幻とともに
ただひとこと
わかっていると


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by epea | 2008-10-06 02:11 | 未定稿

金属的なうなりを帯びてくる

その瞬間、大気が金属的なうなり、響きを帯びてくる、というのは、昨夜わかった。
布団の上に寝転がる前に、それについての記述を目にした時は、「そんなことがあるのか」としか ――珍しい、自分からは遠く離れた経験としてしか―― 読めなかったのが、夜半、横になっていて ――すでに一度か幾度か、やや深い眠りから醒めてきたところだった―― それは突然感じられ、耳元の空気は突然重くなり、銅製の鐘が突かれた時にその内側にいればこのように感じられるのではないかと思われるほど容赦なくビリビリと振動しはじめた時、
「ああ、この感覚ならよく知っているじゃない」
という、つよい思いが、頭から足先まで突き抜けるように、体の中を走った。

そう意識した瞬間から、耳を聾するような金属の響きは怖ろしいくらい当然のように増して、そのうえさらに、ドラを鳴らした時ごく近くにいると否応なしに感じられる空気の揺れのような、圧倒的な響きまでもが一定の間隔を持って重なり、
「ああ、これはいく」
と思ったのだが、恐さが先立ったせいか、抜け出すことができなかった。
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by epea | 2001-01-29 19:51 | 未定稿

そしてさっき、なつかしい夕映えの照り映える

そしてさっき、なつかしい夕映えの照り映える海辺の超近代的なビル ――「超近代」とはいつを指すのだろう、「現代」を指すわけではないし、「超現代」とも言わない、いずれにせよあれは「今」のものではない、「今」あのような建物は海辺にない、ともう一人の私は思う―― のガラスでできた外壁は、よく磨かれた鋼で作られた凹面鏡のように太陽の光を受けて輝いていて、ビルの中はまったく見えない。私はいつも遠くから、そのビルの中で働いている私を眺めるように感じとっている。

「痛いんです、右腹の疼きが……この疼き、なんとか取り除けませんか」
今夕また、そう言ってうずくまっている皺だらけの駱駝色のコートを着た男を、入り口で、滑車の着いた台に載せて ――このあたりで繰り返しに気づく、なつかしさもそのせいだったのかと―― それを押しながら小走りに駆けていき、高層階から海へ突き落としたのだった。

落ちていったのは、私だったような気もする。
なぜなら私は、スローモーションで落ちてゆきながら、ビルの外壁の何物にも代えがたい燦めきに顔全体を火照らせながら、まばゆくて目蓋も開けられずにいるうちに、まるで空間を裂くように海面を割って ――その瞬間、肩から上は一息で焔に包まれたように感じ―― 透明な水の中に没入していく、透きとおった明るい水色の揺らめきの中に没入していく感覚を、味わったように記憶しているから。 
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by epea | 2001-01-29 19:12 | 未定稿

横たわり、鮮やかな五色の文字の印刷された紙を

横たわり、鮮やかな五色の文字の印刷された紙を右手で持ち上げて読んでいる。漢字か梵字。
その手は私のものではなかったかもしれない。肉体の右腕は、横たわった私の頭上に投げ出されたままだったから。

架空の右手は紙の右端を持ったまま下へ、その白い紙が胸から上腹のあたりを覆うような位置にまで下がってゆき、紙と腕とは溶け込むように私のなかへ入っていった。

その時、それがくる  と感じ、金属のうなりは耳の中に大きく鳴り響き、何者かへの思念が ――誤った相手に向かってはいけないと、咄嗟に四匹の龍を思い浮かべた―― 胸から突然あふれるように漂い出て、つい先ほどまで紙のあった宙空に数秒ほど渦を巻いていたが、それはぼんやりとした球体のままで、うまく投げかけることはできなかった。力が足りなかったから、それとも知らない存在だったから、おそらくその両方のため。

次に私の首を絞めていた男に向けて抛ってみようと思ったが、うまくいかなかった。体は整っていても顕在の呟きが強すぎたからだ。何とか成功させようとしているうちに、右脚も動いてしまった。

それでも、焦りはない。いつか見える(まみえる)とわかってきたのだ。
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by epea | 2001-01-28 20:31 | 未定稿