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法王の10/25発言「私は降りる」をめぐって

ダライ・ラマ法王が、25日のTCV設立記念式典の場で述べたスピーチの内容が反響を呼んでいるようです。ごく簡潔にいうと、「チベット・中国間の交渉において、中国政府が今まで通り自分(法王)への非難を続けるだけで建設的な態度をとらないのなら、自分は交渉の障壁になりかねないので、二国間交渉におけるチベット代表としての座を降りる」というものです。

法王事務所公式サイトには、法王のスピーチの英訳と補足説明が掲載され、パユルでも記事になっています。

これまで中国政府は、ダライ・ラマ法王がチベット域内の騒乱の原因であるとして、法王に対する根拠のない非難譴責を投げつけてきました。法王が「その根拠を示して下さい、亡命政府のすべてを見せるから調査しにいらっしゃい」と、何度も何度も呼びかけても、中国政府はそれに対してまったく応えることをせず、ただ、非難だけ(というか罵詈雑言の嵐)を繰り返してきています。

「そんなにワシが悪いというなら、ワシは降りようじゃないか。
中国の指導者たちよ、できるものならチベット人民と直接交渉してみるかい?」

……なーんて、法王サマは、こんなお下品な物言いは、なさらないけどね。

今まで法王ひとりを「悪魔」呼ばわりしてきた、中国指導部の皆さん。
法王不在の状況を、果たしてまとめていけるのかしら?


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His Holiness' Remarks on Tibet Misquoted: Office
Phayul [Wednesday, October 29, 2008 12:19]

法王の発言をめぐる誤った引用について: 法王事務所
パユル 2008年10月29日(水)

【ニューデリー 10月29日】 ― ダライ・ラマ法王事務所は昨日、10月25日に行われたTCV子供村設立48周年記念式典における法王の発言に関して、補足説明を発表した。法王事務所のサイトでは、いくつかのメディアの報道でダライ・ラマ法王の発言が文脈を無視して引用された、と述べている。

法王事務所は、以下のように説明している。

「ダライ・ラマ法王は次のように述べています。
『チベット問題に関して、チベット側は長い間、チベット人にも中国人にも受け入れられるような解決策を導き出すために、努力を重ねてきました。こうしたチベット側の姿勢は、各国の政府を含む国際社会から幅広い支持を受けています。さらに重要なことに、大勢の中国の知識人達からも支持を得てきました』

法王はさらに、次のように続けています。
『残念ながら、中国指導部はこれまでのところ、私達の提案に対して前向きに応えようとはしていませんし、この問題に現実的な方法で取り組む意志ももっていないように見受けられます。今年の3月から、ラサやその他の多くの伝統的なチベット人居住地域では、一連の抗議行動とデモが発生しています。それらは明らかに、50年以上も続いてきた中国共産党による抑圧的な支配に対して、チベットの人々の中に深く刻み込まれた憤りや不満が、自然発生的に表われ出たものでした』

中国政府が、ダライ・ラマ法王がチベットにおけるこれらの抗議活動を扇動した、と非難して以来、法王は中国政府の主張の真偽を完全に実証するよう求めてきました。ここインドにおけるチベット亡命政府の文書や記録さえも調査していい、と申し出てさえいたのです。にもかかわらず、これまでのところ法王の提案はまったくとりあげられず、チベットにおける状況は日ごとに深刻さを増しています。したがって法王は、現在の中国指導部が真実、理性、常識をかえりみない現状のままでは、その重責を背負い続けることは困難である、と述べたのです。中国指導部から建設的な返事が得られない状況にあって、法王は、双方が納得できるようなチベット問題の解決策を粘り強く求め続けてきたけれども、その努力が実を結んでいるかのようなふりをするわけにはいかない、と感じているのです」

以下は、10月25日の法王のスピーチを抜粋・英訳したもので、チベット亡命政府の公式サイトに掲載されている。

His Holiness the Dalai Lama on Sino-Tibetan Relations and
the Special Meeting in November
— An Excerpt from His Address During the 48th Founding Anniversary of
the Tibetan Children's Village on 25 October 2008

「中国・チベット関係および11月の特別会合に関するダライ・ラマ法王の発言原文
-10月25日のチベット子供村設立48周年記念式典における法王のスピーチより抜粋」

先ごろよりチベットは、危機に直面しています。チベットの伝統的な三つの地域全土にわたって、チベットの人々は勇気をもって、中国政府に対する不満を表明し、長い間抑え続けてきた憤りを噴出させました。これは僧侶や尼僧のコミュニティに限られたことではありません。党員、学生、中国本土で学んでいるチベット人学生さえも含めてあらゆる世代にわたり、仏教信者であるか否かを問わず、大勢の人々が、不満や憤りを表明したのです。現実問題として、中国政府はこの時、事実を無視するわけにはいかず、現場で起きていることに対して適切な方策をとるべきだったのです。けれども、中国政府はそうしませんでした。チベット人の心からの願いを完全に無視し、抗議行動を行ったチベット人達に「分離主義者」「政治的反抗者」などといった様々なレッテルを貼っては、弾圧し続けたのです。

チベット域内の大勢の兄弟姉妹たちが甚大な犠牲を払っているこの危機的な状況にあって、自由な世界に住んでいる私たちが、まるで自分の国に起きてきた事柄を忘れ果てたかのように沈黙を守り、何もしない、というわけにはいきません。

今にいたるまで、私たちは、チベットと中国の両方に利益をもたらすよう尽力する、という立場をとり続けてきました。そのため、インドを含む世界中の多くの国々から賛同を得てまいりました。とりわけ、中国の知識層の人々の間でも、私たちのアプローチは支持を広げつつあります。こうした現象は、じつに私たちにもたらされた勝利といえます。チベットの中に好ましい変化をもたらすことは、単に私たちの根本的な義務であるにとどまりません。これは、私たちの究極の目標でもあるのです。けれども、悲しい現実として、私たちはこの目標を達成することができずにいました。そこで私は、1988年にストラスブルグで、ヨーロッパ議会での最初の発言の機会において、「チベット問題に関する究極的な決定は、チベットの一般人によってなされるであろう」と言明したのです。

1993年に、中国政府と私たちの間の直接交渉は終わりを告げました。私たちは再びチベットの一般の人々と、可能と思われる最上の方策について協議しました。そうして、以前と同じ方針を続けるという決定がなされたのです。

チベットに共通する利害・要因は、チベット人全体の福祉に関わっています。それは私個人の問題ではまったくないのです。ですからチベットの人々全体がチベットの公(おおやけ)にとっての善に基づいてこの問題を熟慮し、それにしたがって決定する必要があるのです。別の角度から見れば、私たちはまさに最初の時点から、自分たち自身で純然たる民主主義の途をたどってきた、ともいえます。過去には、チベットは民主主義を標榜せず、王制主義を採用していた時代もありました。ですが、今という深刻な分岐点にあっては、チベット一般の人々のどのような提案や見方、意見であってもとりあげて、十分に議論しなければなりません。これは、特定の政党のイデオロギーや政策を賞賛したり、異なる政治的な立場を明確にするためではなくて、私たちの根本に関わる大義を実現させるうえで最上の方法を検討するために、なされなければならないのです。

すべてのチベット人は、一般人であれ僧籍の者であれ、私たち国家のアイデンティティを堅持するために努力しなければなりません。概して、チベット国家のアイデンティティの維持は、地球上の他の国々や国民のものとはかなり異なっています。もしチベット国家のアイデンティティがよく保たれるのであれば、その価値システム―愛と慈悲という仏教の信条に基づいています―は、世界全体にとって有益となる資質を内在させている、といえます。ですから、真実を求める私たちの闘いは600万人のチベット人に利益をもたらすだけではなく、全世界にある程度の善をもたらす私たちの能力と密接に結びついているのです。このように、私たちの真実の闘いは、その背後に理由があるのです。将来、もし真実を希求するチベット人の闘いが平和裏かつ適切に解決すれば、それは確実に、中国を含む何百万人もの人々の助けになることでしょう――人々が精神・肉体両面における幸せを保ちながら、より健全で有意義な人生を送るための新しいビジョンを発見するために。

一方、もしチベットが、中国によってチベットの宗教と文化を―その根底にあるのが慈悲ですが―完全に抹消されてしまうことによって、物質的な利益だけを追求する社会に変貌してしまうなら、それは中国の人々の利益になるどころか、彼らの未来の喪失につながることでしょう。したがって、私たちのこの闘いは実のところ、関わっているすべての人々のためになるものなのです。これを実現するために、私たちは自分たちにできうる限りの手段や方法をよく考えて、話し合わなければなりません。私は皆さん全員に、そうすることをお願いしています。なぜなら、これは私たちチベット人すべてにとっての善に関わる問題だからです。

中国政府は、最近のチベットの不穏な状況を扇動したとして、私を非難しています。私は、中国政府に対して直接意見を表明すると同時に、北京はこの件に関して詳細な説明を提示するべきだ、と公にもアピールを行なってきました。これらの意見表明やアピールにおいて、私は、中国政府は調査チームをダラムサラへ派遣して私たち亡命政府や役所のファイルを調べてもよい、と述べてきました。私のスピーチや最近チベットから到着した者たちの証言を記録したテープを調べてもよい、とも提案しました。ところが、今にいたるまで、調査隊はこちらに派遣されてきていない。にも関わらず、中国は私への非難を投げ続けているのです。

こうした経緯を考慮するにつれて、私自身が現在の立場を保ち続けることは、チベット問題の解決を促しているというよりも、むしろ障壁を生んでいるように思われてまいりました。それゆえに、チベットにとって共通の善に関する問題は、チベットの人々によって決定される方がよいのでしょう。この問題において、私が干渉する必要はないのです。

9月11日、私は、自分にはこれ以上、この問題について責任を負うことはできない、と決意するに至りました。自分がこの責任を負い続けていく、有益な目標を見出せないのです。しかしながら、もし中国指導部が誠実に話し合いに向き合うのであれば、私はまた、この責任を背負う立場に戻るかもしれません。その時になれば、私はまた彼らと真摯に関わるでしょう。誠実でない人々と関わっていくことは、たいへん難しいものです。ですから、ここで、報道機関を代表する皆様にはごく率直に述べたいと思います。私は、中国の人々を信用し、信頼しております――しかしながら、私の中国政府に対する信用と信頼は、小さくなりつつあります。


私は、選挙によって選ばれたチベット人の指導者たちに、特別会合でこうした点を議論するよう要請しました。この問題は、緊急会議の召集によってすぐに解決できたりはしないと感じています。しかし、重要な点は、すべての人々が責任を負うべきである、ということです。私たちの大切な目標を実現させるために、すべての人々がこの問題に鋭い関心を保ち、実施可能な行動を起こすと同時に、この問題を解決するための手段や方法を真剣に考え出さなければならないのです。言い換えれば、すべてのチベット人は、人々の長期的・短期的利益を十分に考慮に入れながら、私たちの目の前の問題を、共同責任の精神のもとで議論し、取り組んでいかなければなりません。最終的な、実際の決定は、チベットの人々によってなされるべきなのです。
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by epea | 2008-10-30 20:50 | チベット・中国関連

2008/10/25 (土) 写真家・野田氏の講演概要(禁・転載)

(こちらの記事は、一聴講者としての私が独断で記録したものです。ですので、
申し訳ありませんが、以下の内容は転載なさらないようお願いいたします。 10/30 AM11:00)

(追加して、一部順序を入れ替えました。 10/29 AM 1:10)
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チベットを何度も取材されているフォトジャーナリスト野田雅也氏によるトークショーに行きました。興味を持つ方がいらっしゃるようなので、概要を記しておきます。
(スライド上映のために真っ暗にした会場でとっていたメモなので、自分の字ながら今ひとつ判別不能。以下はあくまでも参考までということで、詳しい情報に興味のある方は、野田氏に直接お問い合わせください。たいへん親切で、心優しい方です。)

〔〕はスライドの内容ですが、以下に書いたよりもずっとたくさん見せていただきました。全部はとても書ききれないので、かいつまんだメモにてご容赦のほど。

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■僧院・仏教文化の破壊
〔2000年冬、東チベット、ラルン・ガル僧院の僧房群。すり鉢状に緩やかに広がる土地に数千もの僧房(6000、7000~一万だった、との説もあるほど)が集積していた当時のスライド〕
当時、高僧ケンポ・ジグメ・プンツォクを慕って僧侶達が集まり、僧房の規模が拡大していた。この状況に脅威を感じた中国政府は、この写真を撮影したおよそ半年後に、約3000戸の僧房を破壊、6000人が追放された。
〔2001年6月末~7月初旬、僧房が破壊されているビデオ。尼僧による撮影?を野田さんが入手したもの〕

同様に、文革時代にはチベット全土で6000以上の寺院が破壊されている。

〔競馬祭で、僧侶が赤いスローガン付き横断幕「愛国愛教団結進歩」を持たされて入場させられている場面〕
(神奈川県での写真展でも展示されていた写真で、これを見た途端に涙が噴き出してきた。ゲルクのお坊様にこんなことをさせるなんてナンセンスも甚だしい。絶句。)


■遊牧民・遊牧文化の破壊
〔ジェクンド、政府が遊牧民を収容するべく建設した集合住宅〕
チベット人には、ここに入居すれば補助金90万元を支給すると告げ、実際には入居手数料として半分差っ引き、45万元を渡す。が、実はその45万元も「貸し付け」、という罠で、チベット人が借金を背負わされる仕組み。この二年間でのべ57万人が定住。

〔かつてのジェクンド、緑なす山あいに遊牧民の住居が美しく溶け込んで点在している光景〕


■核汚染
〔ビルの立ち並ぶシーハイ中心街、街周辺の荒野など〕
青海湖のほとり、かつて「第九研究所」と呼ばれた場所(当時は「存在しない扱い」だった)が、現在はシーハイという都市になっている。1964年~87年にかけて、原爆をはじめとする様々な核実験が行われていた。
1966年 原爆実験
1967年 核弾頭実験
1970年 原子力潜水艦実験

1986年 実験終了
1992年 軍の撤退

軍が撤退した後も、多くの金属のくずが残されていたが、それらは(放射能汚染の恐ろしさを知らされていない)チベット人が持ち帰っていった。
計7ヶ所の施設を含め、現在は観光地となっており、核実験の模型などを展示する博物館がある。

このあたりは菜の花の名産地とされており、ブランド名「シーハイ」の菜種油が販売されている。

〔核実験の跡地がそのまま住居になっている光景。核爆発の影響で盛り上がったような土壁、その内部が部屋として使われている様子など〕
現地の人々の多くは「キノコ雲を何度も見ている」と当たり前のように語るが、核の実態についてはほとんどまったく知らされていない。なんとなく毒がある、と感じている程度。そのため、爆破実験の跡地の残骸のような場所を私物の倉庫にしていたり、住んでいる人々もいる。
歯の生えない羊が生まれて、食べることができずに死んでしまう。あるいは、下の歯が異様に長く伸びたために自分の口を破ってしまう羊もいる。
政府は何度もサンプリング調査を実施しているが、住民には「シーハイから約3キロ離れた地点にある錫工場の影響」と説明している。

何度もキノコ雲を見たという、ある青年へのインタビュー。
「(政府・軍当局関係者?に指示されて)汚染された土を青海湖や付近の川、山の向こうなどに、何度も廃棄している。だがこうしたことについては、オリンピック前に軍がやってきて緘口令が敷かれたため、話してはいけないことになっている。毎年、軍が来て調査している。政府は地元チベット人に土地(に住む権利?)を安く売り、定住を奨励するために補助金を出している」

International Campaign for Tibet の調査によると、シーハイ付近のリシュク村とガンジー村における癌の発生率が高い。

中国政府は、原子力発電所を現在10基から120基に増やす計画を立てている。
核廃棄物が現状のままチベット高原に廃棄され続けていくのであれば、水源地の汚染はさらに進み、影響はアジア全域に及ぶ。(すでに影響は及んでいるはずだが、汚染の程度はさらに著しく拡大するとみられる。)


■ラサの変貌
ラサでは「漢人を住み易くするための社会的基盤の転換」が大幅に進んでしまっており、もはや不可逆の現象に思われる。今年三月以降、ラサではチベット人が明らかに少なくなった。また、チベット人がラサに戻ろうとしても、戻ることのできる場が完全に失われている(漢人による住宅や職業の占拠、生活費の高騰etc)。

〔ポタラ宮殿の麓に「祖国万歳」と巨大な花文字の植え込み、手前中央には中国国旗を掲げたポール〕
〔大通り上に、これでもかと翻る数多の共産党スローガン付き横断幕〕
〔シャネル、サン・ローランなど西欧ブランドの大看板が連なる街角〕
〔新しいマンション棟が立ち並ぶラサ市内/近郊〕
〔旧市街のアパート、一戸一戸の窓から下げられている中国国旗〕
〔旧市街の建物の間に設置されている監視カメラの数々〕

〔ラサ近郊の漢人富裕層向け住宅街〕
プール付きの広い豪邸、一棟5000万円前後也。陽光降り注ぐカリフォルニアの邸宅街を真似たように見えるが、あからさまに画一的な邸宅が並んでいる様は不気味。

現在のラサ人口35万人中、漢民族が20万人、チベット人が15万人と、すでに人口比において漢人がチベット人を圧倒。中国においては、土地は国家のものであり、国家からの指示に個人は抵抗できない。ラサについては2006年がターニングポイントだったのではないか。民工に資金援助が出たこともあり、ラサへの漢民族の流入が急増。ラサ都市計画は2007年から本格化している。

街中には軍人達が巡回警備しており、監視カメラが至るところに設置されている。タクシーの中ではバックミラーの根元に付いている。カメラ設置を義務付けられており、付けていなければドライバーが罰金を取られるが、設置に要する費用はドライバー自身が支払わなければならない。

〔バルコルを巡回する装甲車〕
〔用途・目的が謎の装甲車〕
〔国慶節パレードの後、ポタラ宮の裏に止まっていた『特警』車。今年3月10~14日頃に街中に繰り出していた装甲車と同型のもの〕
〔デプン寺前の巡礼者と、監視する軍・警察関係者〕

かつて四千~五千人の僧侶が修業していたデプン寺には、去年の時点で五百人が残っていたと言われているが、今回のラサ滞在中(9月半ば~10月)に訪れた際には22人しか見かけなかった。読経の声も聞こえず、静まり返っていた。

ある青年へのインタビュー。
「ラサにいるすべてのチベット人は家宅捜索を受け、出身地をチェックされた後、『地元へ帰れ』と指示される。だが、地元に帰っても仕事がないし、収入がまったく得られない。そこで都会へ職探しに行くが、チベット人のIDカードを見せた時点で拒否される。自分の場合、7ヶ月間かけて探してようやく見つけたのが、遠隔地にある某都市でのテレビ工場の仕事だった。熱い蒸気にさらされるなど過酷な労働条件で、二週間ほどで体調をこわしたので休もうとしたら、クビにされた。2万5000円相当の月収だったはずが、まったくもらえなかった。地元からその都市へ行くために、旅費や滞在費も借金して出てきたのに。これで自分の借金は合計で10万円相当に膨らんでしまっている。」

↑ こういう形でチベット人が借金を背負わされていくケースが非常に多い、と感じた。
彼らはこの先、どう考えてもチベットにはとどまれない/ラサに戻ることもできない。
漢人向けに社会基盤が変わってしまっているから。

外国へ行きたいと思っても、役人に数年間、賄賂を支払い続けなければならない。
だがそれ以前に、チベット人に海外渡航用のパスポートが許可されること自体がきわめて難しい、まず考えられない。
(合法的に外国へ逃れられないのであれば)亡命したい、と思っても、今となっては大量の軍隊が国境地帯を固めている。

かつては明るい青年だったが、2年ぶりに会ったところ、一気に歳をとってしまったように見えた。

「チベット自体が、巨大な監獄になっている」
「チベットにはもう、チベット人はいらないんだ」


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ざっと以上のような感じでお話しいただきました。
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by epea | 2008-10-26 01:10 | チベット・中国関連

いつか行きましょう




もう、ラサへは行きたくない。
もう、ラサは見たくない。

写真家・野田雅也氏のスライドを見て、あらためてそう思ってしまった。

旧市街の古いアパート、一軒一軒の窓から垂れ下がる五星紅旗。
赤い横断幕を持たされて、行進させられている僧侶達。
ラサ郊外に広がる、ビバリーヒルズを上っ面だけ真似たような安っぽい邸宅の列。

今、あそこにあるのは、「中国のラサ」。
「チベットのラサ」は、なくなってしまったんだ。

諸行無常。


亡命先のインド・ダラムサラでは、法王が子供たちに向かい
「我々は帰るという目的があって今ここにいるのだ」 
とおっしゃった、という。
あれら数々の写真の示す事実を十分にご承知のうえで、
子供たちの希望だけは消すまい、としておられる?

悔しい。悲しい。悔しい、悲しい、悔しい、悲しい、悔しい、悲しい……
かの地の人々に、いったいどれほどの痛み、苦しみ、屈辱、忍従を…………

……などと歯噛みしてしまうのは、私が凡夫ゆえ、曇っていて歪んでいて、
限られた視野でしか、観音菩薩の化身の心を想像できないから?
(もとより凡人には想像しえない領域のものであったとしても)


祈ることしかできない、真剣に、祈ることしか。


最近ベトナムから帰ってきた人が言っていた。
アジアはだめだ、汚染が進んでる。
五輪の終わった北京は分厚いスモッグに覆われた街に戻っている。
香港の空にも、大陸の汚れた大気が流れ込んでいて、
かつて「100万ドルの夜景」と唄われた面影もすっかり薄れ、きたない。
ハノイもホーチミンシティも、スモッグが酷い。

度重なる核実験に汚染されたまま放置されているチベット高原は、
アジア全域をうるおす四大河川の源。
近年は、砂漠化の進むヤルツァンポ川流域で生じたとおぼしき黄砂が、
香港や日本にまで飛来しているのが観測されている、とか。


もう、ラサへは行かない。
もう、ラサは見ない。

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追記。
暗いことをアップして、ごめんなさい。
「もう行かない」と書いたけれど、いつか行きましょう。

もちろん、「いつか」ではなく「今」行ける人は、どんどん行ってください。
そして、レポートしてください。

頭を使って、賢い方法を考え出さなければね。
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by epea | 2008-10-25 22:35 | 日常雑記

2008/10/3 (金) ヴィヴィアン・ウエストウッドの ”Keep Tibet Alive" バッグ

先週のニュースですが……

"Vivienne Westwood keeps Tibet alive
Tibet Society’s bag an accessory in her 2009 spring collection"


やるじゃん、ヴィヴィアン!! 
ファッションデザイナーといえば、中国富裕者層のマーケットが喉から手が出るほど欲しい業界なはずなのに……やってくれますね!(嬉)

この写真で見るかぎりは、このバッグ、白地に大きくチベット国旗がプリントされているというオーソドックスなデザインみたいだけど、あんまりアバンギャルドな柄にするとメッセージが伝わりにくくなるから、という配慮でもあるのかな? もうちょっと遊びやアレンジがあってもよさそうな気がするけど。それでも、肩紐の付いている位置とか、微妙におしゃれっぽい……というか、スリムでスラーッとした人が身につけると、エコバッグちっくなペラペラの白布ショルダーでもカッコよく見えるのね。。

先日のテチュン&ペムシ・コンサートでも感じたのですが、一般の人々が何の先入観もなく「チベットって、カッコいい!」と思えるような、まずはシンプルでストレートに感性に訴えるようなモノ・コトを呈示する方策が、実はフリーチベットにとって強力な戦略になるのではないか? ということ。

知り合いに、女装を趣味にしている、とあるきれいな日本人男性がいます。この人、もし彼がモデルデビューしたら日本人女性モデルさんはみんな引退したくなるのでは? というくらい、真剣に美しい。背が高く、脚の骨格もしっかりしていながらスラリとまっすぐに細長くて、凛としたお顔だちの「美女」でいらっしゃる。そのお体で、大人ドレスから乙女ちっくなワンピースまで、いろいろな女性モノを着こなしてしまう。私自身は女装している彼しか知らないので、男性として過ごしている普段の姿を見たことがないのですが、平常時には美男子としてさぞモテモテであろう、と思われます。感性も跳んでいて、ふつうじゃない。

その彼(彼女?)がひいきにしているブランドの一つが、ヴィヴィアン・ウエストウッドなのです。アヴァンギャルドだけれど、英国風トラッドの要素もしっかり取り入れていて、どことなく可愛らしさがある。彼は、ヴィヴィアンのかっちりしたボックス型のツーピース・スーツなどをよく着ていました。元祖・大人ガーリッシュ、という感じ?

そういうわけで、個人的には、凡人の自分にはちょっと、手が出ないブランド、というイメージがあったのですが。……いえ、正直に言えば、もともと服装に無頓着な自分はブランドものには縁がなく、手も出ない、と言いますか、出せませんでした(笑)

でもこのバッグなら、うんと背伸びすれば、手が届く……? 
気分のいい日に、おしゃれして、颯爽と身に着けてみたい、かも。

***

ちょっと修正。
これを書いた時、元記事をぱっと見て、ヴィヴィアン・ウエストウッドがバッグをデザインしたのかと思ったのだけれど、そういうわけではなくて、元々チベット・ソサエティが作って売っていた布バッグを彼女が「アクセサリーとして」ショーで使用した、ということですね。(どうりで、見るからにエコバッグ調なわけだ……でもファッションモデルが使っているとカッコよく見えるから先入観は恐ろしい・笑)
チベットをテーマにデザインする、というわけではなく、こうして既存のチベットグッズを使うだけでも、ファッション業界では勇気のいることなんでしょうね。それにしても、ねぇ……。「これしきのことはニュースになるまでもない」というくらい、普通になればいいのに、とも思います。
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by epea | 2008-10-09 09:16 | チベット・中国関連

『チベットは北朝鮮か?』 藤倉善郎氏のラサ・レポート

8月のオリンピック開催前後の時期に、北京とダラムサラ、そしてチベットのラサを取材したジャーナリスト・藤倉善郎さんの記事が、ライブドア・ニュース内のPJニュースコーナーで掲載開始されています。

チベット自治区は北朝鮮なのか?

オリンピック閉幕直後の8月下旬のラサ市街の様子が、生々しく伝わってきます……。

先日お会いした時に話を伺ったところ、銃を「つねに両手で掲げた」兵士数名のグループが、通りの至るところに立っていた、とか。その前を歩く時の緊張感は、相当のものだったそうです。

銃を両手で持っている、というのは、肩にかけているのと違って、「いつでも撃てる状態」だということです。

安全をほぼ保証されているような外国人訪問者でさえ相当な威圧感を感じる街で、不当逮捕の恐怖に日々さらされながら生活しているチベットの人々の恐怖・緊張・抑圧感は、一体どれほどのものでしょうか。

***

ダラムサラでは取材コーディネートを少々お手伝いさせていただきましたが、藤倉さんはチベット亡命政府高官もインタビューされていて、その一部をオーマイ・ニュースで読むことができます。

(ところで、オーマイ・ニュースは8月末で廃刊になってしまったとか。今春以降、国内のチベット関連ニュースを市民記者の方々に積極的に取材いただいていたのですが、残念です。)

まだ発表されていない戦慄の画像も多数、お持ちです。
ご自身のブログで公開されるかも?

要注目、です。
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by epea | 2008-10-08 08:48 | チベット・中国関連

2008/10/6 (月) ラサ近郊地震関連リンク

ラサ近郊地震、震源地はダムシェンとのこと。
地震学者チームが派遣されたそうですので、続報を待ちましょう。
チベットだけでなく、キルギスやアフガン・カブール近郊でも大型地震が起きているのが懸念されます。

"チベットでM6.3の強い地震、死者30人超か" by AFP通信
"30 die after 2 strong earthquakes hit Tibet" by AFP
"6.6 Magnitude Earthquake Jolts Tibet" by Phayul
"Tibet earthquakes kill at least 30; Potala Palace undamaged; Qinghai-Tibet railway and Lhasa airport in service" by Los Angeles Times
(写真あり。新華社によると、ポタラ宮殿は損傷なし、青海鉄道・ラサ空港も運行中とのこと)
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by epea | 2008-10-07 10:12 | チベット・中国関連

2008/10/5 (日) 赤い木の実

東京では先週後半にかけて、気持ちのよい秋晴れが続きました。

週末に近くの公園に行ったら、ガマズミやナナカマドが赤い実をつけていました。
ハナミズキも、この地域では今年は実が多いはず。5月に花をたくさんつけていたので。

植物は、いいですね。静かで強くて、近くにいるとエネルギーを感じられて落ち着く。
もうすっかり、秋の冷たい空気の匂いです。
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by epea | 2008-10-06 14:21 | 日常雑記

形のないもの


今日 どこかで生まれている幸福
あつい手当てを零しながら
銀の匙をくわえて放射状に拡がっていく微笑み
それぞれがそれぞれに大切であると名指すこと
名指されるものたち それら
明け方の陽光に輝く尖塔の
上空に湧きあがる雲のようなもの

目を凝らすと消える短い虹を一瞬
さなかに淡く抱えていて
いずれの白昼の立ち位置からも異なった像に示される
離れた青空ではくっきりとした姿勢をとりながら
近づけば掴みどころのない湿り気に戻ってしまう
細かく調べたところで意味がないのは
あらゆることはとうにどこかで描かれていて
見渡せば到るところ 既視感で照り返されているから
それでも日暮れ前にはすぐれた人々が
誰も見たことのない断崖から骨をよじりながら
夕映えを摘みとろうと血の流れを傾けている

望んでいたのは死に向かう入江を遠ざけるための
苦くて白い粒ではなくて小さな赤い実だったのに
わかってきたのは自分の口に運ぼうとしても宙に溶けてしまうこと
ベランダで鳴き交わす小鳥たちの肩を優しく撫でながら
くちばしの中にそっと押し込んでやる ひとつずつ
ここですれちがったものたち みんな天国へいきなさいね
そう小さく念じながら

濡れたハトロン紙がわずかに乾いて剥落していくように
自分は少しずつこぼれていく だから何ということもなくて
できれば その時に洩れる音が伝えられればいい
押し黙ったままの苛烈な夏の重みから支えられきれずに
ふと迷い出てくる幻とともに
ただひとこと
わかっていると


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by epea | 2008-10-06 02:11 | 未定稿

泥は深い方がいい

全然更新していないのに見に来てくださる方がいらっしゃるなんて、ありがたいことです。先月来、自分自身の無価値性を再認識していたところですので、励みになります。少し、昔のよくない状態が出てきて、しばらく臥せっておりました。とはいえ、たいしたことではないのでご心配なく。まだ鏡を見ても自分だとわかるので大丈夫、ひどくなると誰が映っているのかまったくわからなくなります(笑)

先週から今週にかけて、体の動く時に職探しの会社に登録に行っていました。キツイ仕事を紹介されてどうしようか迷っているところです。余計なことは一切考えず没頭するにはいいかもしれませんが、どれくらい体がもつか気になります。IT業界では「血尿、血便が出るくらい働いて一人前」などと言う向きもありますが、かなり歳をとっている自分としては、今度またそうなったら回復できるか疑わしい。できればそういう状態にならない場に身を置きたいものです。
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by epea | 2008-10-03 09:51 | 日常雑記