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牧野先生、当選

よかったですね。
共同通信では昨夜8時過ぎの時点で、「当確」が出ていました。
朝日新聞小選挙区開票速報 静岡1区

なにか障りがあるといけないと思い先週は書きませんでしたが、数日前の時点ですでに、朝日新聞の記者の方が「選挙後の展望について」取材にきていたそうです。

朝日新聞は7月のウルムチでのウイグル弾圧事件の時、中国軍の「水平射撃」について、真っ先に記事にしたと、ウイグル・シンポジウムで聞きました(無防備なウイグル人一般市民の列に対して、軍が予告的な「威嚇射撃」でなく最初から相手を狙った「水平射撃」を行った、との記事)。大手マスコミの対中関係においても、裏側ではいろいろな動きがあるようです。

これから、ですね。
民主党の安全保障政策の中でも本来の志を保っていただけるよう、牧野先生を世論の形で応援していけるといいですね。
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by epea | 2009-08-31 08:08 | 日常雑記

よく日焼けして、神出鬼没な牧野先生

静岡で、牧野聖修先生にお目にかかってきました。
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牧野先生ご夫妻です。
今回、特に奥様には、事務所を訪問する前から問合せの電話にご対応いただいたり、事務所でもいろいろご説明いただいたりと、お忙しいなか親切にしてくださり、感謝しています。来客対応の傍ら、てきぱきとスタッフに指示を出しながらも、「忙しさのあまり髪振り乱して」ということは決してなく、常に美しくて落ち着いた気品に満ちあふれた方で、なるほど、政治家の妻とはこういう方でなければ務まらないのね……と、妙に納得してしまいました。

チベット・サポーターの間では有名な話ですが、牧野聖修氏といえば30年近く(30年以上?)も昔からチベット問題に取り組んでおられ、日本におけるチベット支援の草分け的な存在、と言われている人物です。昨年はセーブチベット・ネットワークの呼びかけ人として、3月蜂起直後の抗議デモに引き続いて5月には4000人規模のデモや大集会を成功へと導き、また夏には海外から国会議員を招聘して国際フォーラムを開催されました。

選挙の応援隊としてお邪魔するには、あと数日前までの方がよかったのでしょうが、先週までは足を運ぶことができませんでした。この水曜から休みがとれたため、今さらながら思い切って先生の事務所にお尋ねしてみたのです。……このように書いていると、「先生、先生と馴れ馴れしく呼んだりして、いかにも政治くさくってイヤな感じだなぁ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、昨年はいろいろと教えていただいたり機会を賜ったこともあり、自分にとっては単に政治家の人に対する慣習的な呼称としての「先生」ではなく、人生上の先輩としての「先生」であるのです(などと、勝手に思っています)。

事務所の中は、こんな感じ。写真OKとのことでしたので、撮らせていただきました。
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ボランティアの方々がおおぜい、作業していらっしゃいます。できれば何かお手伝いできることでも、と思いましたが、今回の選挙は先生にとっては4年前から、とりわけ昨秋以降はいつ選挙になってもおかしくない心積もりで地元スタッフの皆さんと一緒に準備を進めてきたため、作業としては現在の要員だけで順調に進んでいて、大丈夫です、とのことでした。忙しさという点では、公示前までの方が大変なのだそうです。

東京ではもっぱらチベット問題に関する演説しか聞いていなかったので、選挙区では幅広いテーマでどのようなお話をされるのか一度伺ってみたいものだ、と思い、事務所にいらした奥様に演説の場所と時間を尋ねたところ、「選挙区内の各地を飛び回っていて、神出鬼没でわからない」とのこと。選挙戦も終盤にさしかかると、演説の場所は事前に計画的に決めていくのではなく、車で走り回りながら、「あ、この辺の場所でもう一度話しておきたい」「あ、今ここに人が集まっているから、ここで」といった具合に臨機応変に決まるため、予測がつかないのだそうです。

それでは、スタッフの皆さんにご挨拶だけでも……と思っていたら、先生の事務所立ち寄りのタイミングとうまく重なって、非常に運よく、お目にかかることができました。

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顔が暗く見えるのは、下手くそな撮影で逆光になったから……(だけ)ではなく、日焼けのせいです!

連日のように辻立ちを重ねてこられたのが、一目瞭然の焼けっぷりですね。公示後の演説回数は(26日現在で)180回以上! 一日20回をノルマとされてきたそうです。

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かわいらしいポスターですが、お顔をアップにしていないなんて、政治家の方としては珍しい感じがします。今回の選挙戦では実際に、小さいお子さんを連れたお母さん達からの反応が、とても大きいそうです。

「とはいえ、民主党政権になったら外交方針に関しては、先生のお立場的に、難しい面もあるのではないでしょうか……?」とお尋ねしたところ、「大丈夫だ。俺はずっと人権外交、民主化の線でやってきた。当選しようがしまいが、変わらない。だから大丈夫だ、心配するな」と、即座に力づよいお言葉が。

民主党が与党をとった場合、日本の外交がある方向に偏ってしまうのではないか、と懸念している人々は少なくないと思います。だからこそ、民主党の中でも牧野氏や松原仁氏のような政治家の方々に、過度な傾向に突き進んで行かないようにブレーキを効かせてもらえたら望ましいようにも感じるのですが、静岡1区の皆さんはどのように判断されるでしょうか。言うまでもなく、外交は一分野のテーマに過ぎません。

牧野先生によると、演説の最中に、「先生、私たち去年の春に、代々木に行きましたよ!」と話しかけてくる人々もいらっしゃったそうです。……あの時、わざわざ静岡から上京してデモや集会に参加していた人々がいたのですね! どうりで四千数百人も集まったわけです。。

全国的には民主党が圧倒的に優勢とのことですが、静岡1区は毎回数名の候補者が出て、僅差で勝敗が分かれる結果となる選挙の多い激戦区であるようです。今週の週刊誌を見ても、静岡1区については自民党候補が有利とする見方もあり、予測は割れています。

牧野先生はこう見えても(?)スピノザがお好きで、東京にいらっしゃる時はご多忙な中でも時間を見つけては、神保町で哲学書を渉っておられます。選挙が終わって落ち着かれたら、どの書店でスピノザの良書が見つかるのか、一度ゆっくり伺ってみたい気がします。が、当選されたらますます忙しくなられて、今までのようにお話しさせていただく機会もなくなってしまうかもしれません。
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by epea | 2009-08-28 03:22 | 日常雑記

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 9

■ Even the Hope of Independence is Vital
独立への希望でさえも(あるいは、それこそが)不可欠だ

当然ながら、独立の日が近づいているという保証はなく、私達が生きている間には独立は達成されないかもしれない――けれども私は、いつか独立することを、ともかく確信している。いずれにせよ、ランゼンというゴールを掲げ続けることは、究極的にその獲得に至るにあたって、不可欠なことだ。困難に満ちた亡命直後の数年間、私達亡命社会を強靭に一致団結させてきたのは、ほかならぬ独立に向けた希望だったことを、忘れてはならない。私達の社会が今、直面している問題――宗教的・政治的な小競り合いや、教育水準の下降、私達の宗教の嘆かわしくも不名誉な商売化(コマーシャリゼーション)、政府におけるシニシズム、そして一般人の間の自尊心や品位の喪失など――こうした数々の問題は、チベット指導部が過去20年間、自由を求める闘いを徐々に手放してきた姿勢に、決定的な根本要因があるように思われる。

独立に向けた希望は、チベット域内の人々にとって不可欠なものである。亡命社会において自由を求める闘いを生かし続けておくことこそ、チベット域内の人々に希望を与えてきたのであり、彼らが受け続けている恐ろしい苦難にも関わらず、チベット人の文明やその世界はまったく失われてしまったわけではないという、いくばくかの保証を与えてきたのだ。チベット人が自分達自身のアイデンティティや文化や宗教を保っていくためには、自由なチベットを求める希望の灯も、常に掲げられていなければならない。もし私達が中国の一部であり続けるとしたら、私達は国家としてのアイデンティティのみならず、文化のアイデンティティをも、失うことになるだろう。北京は私達が、(ご想像の通り)「御しやすくて絶対的な、政府お仕着せの仏教徒」であることを許可するかもしれないが、中国には他にも多くの仏教の宗派やカルトが存在していることを念頭に置いておくべきだ。もし、チベット2000年の歴史を誇る不朽の文明・文化の遺産として残されてきたものが、結局は、人民共和国の山岳地域にある中国仏教の奇妙なカルト一派に過ぎない存在に陥ってしまうとしたら、それこそ究極の悲劇的なアイロニーであろう。

個人が、チベット域内においてのみならずインドの亡命社会において、あるいは異国に孤立した状態で、あるいは中国の刑務所の獄中に、たったひとりでいるとしても、その個人がはっきりと、チベット人としてあり続け、生き続けていくための唯一の道――それは、チベット独立への希望をしっかりと握り続けることであり、そして共産主義中国とそれに引き継がれてきた非人間性や悪に対する、絶え間のない果敢な抵抗を、自分自身に対して、世界に対して、示し続けることだ。

近代中国における最高の作家 魯迅(1881-1936)もおそらく、チベット人に対して、「現在の苦境に直面したまま縮こまって死になさい」などとはアドバイスしないであろうと、私は思う。魯迅は生まれつきの悲観主義者だったけれども、希望に関しては、次のような言葉を残しているのだから。

「希望は、『ある』わけでも『ない』わけでもない。希望は、田舎の小道みたいなものだ。もとは道などなかったところ――けれども、人々がいつも同じ場所を通っていくうちに、そこに道が現れるのだ」(*1)


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注(*1)
魯迅 『故郷』 からの一節の引用。
青空文庫には、大正期の味わい深い日本語、井上紅梅訳が公開されています。
また、魯迅ファン・おがまんさんによる、読みやすい現代語訳もぜひ。用語辞典も付いていて、素晴らしいです。

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・・・はい! ジャムヤンさんのRangzen Charter 2008年版は、以上です。
長々と最後まで読んでくださった皆様、辛抱強くお待ちいただいた皆様、どうもありがとうございました。

更新に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。この一節も、先月末にはあらかた訳し終えていたのですが、最後の部分は魯迅のどの作品からの引用か? 探していて『故郷』とわかり、うーむさすがジャムヤン、「ランゼン(独立)」を扱う文章の最後に魯迅、しかも『故郷』とは、シブいダブルミーニングにしびれるぜっっ!とか(中国人作家の手による作品に、チベット人の「故郷」を目指す運動・ランゼンと題意を掛けている。しかも魯迅といえば母国中国の圧制・全体主義を「鉄の小部屋」に喩え、窒息しそうな重苦しい作風で有名)……この引用、原典はあたれないにしても誰の訳がよさそう? とか……ぐずぐず考えているうちに、日にちが経ってしまったのでござりまする。

今夜のところは、このへんで。
(明日から来週にかけてまたしばらく離れますので、あしからず。)
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by epea | 2009-08-20 02:15 | Jamyang Norbu