「遊牧」対「農耕」――ノモンハンの背景をかたどる文明の衝突

毎日いろいろなことがあり、真面目に・あるいは面白おかしくまとめておくには時間がとても追い付かない。


この6月に出た田中克彦先生の新書、『ノモンハン戦争』が売れまくっているらしい。田中先生は高名な社会言語学者であり、たとえば平易ながら代表作とされる岩波新書『ことばと国家』は、全国の高校で夏休みの推薦図書に毎年選ばれていそうな定番。また、モンゴル史・モンゴル学の分野でも日本における第一人者でいらっしゃるそうで、たしか9ヶ国語ぐらいを操り(知識ベースであればもっと多くの言語をご存知)、学会ではテーマや参加者の顔ぶれによって、モンゴル語で発表するかロシア語で発表するかを決めるという語学の天才。歯に衣を着せぬ鋭い批評でしばしば会場の空気を凍りつかせるため、敵も多い(たぶん)。ロシア語でソビエト連邦時代の政策批判等をズビズバと行い、ロシアでは反社会的思想の持ち主、要注意人物として大手新聞などで指弾されていると、モンゴル人の研究者のかたから聞いたことがある。かなり恐怖、でもかなり名誉? いや、やはりかなり恐怖。フリチベやっていて日本の公安にマークされるより、はるかに恐怖。

ノモンハン事件といえば、一般に「1939年夏、当時の満洲国とモンゴル人民共和国とが接する国境付近一帯の領土の帰属をめぐって、日本とソ連が約4ヶ月にわたり繰り広げた死闘(日本・満洲国軍VSソ連・モンゴル人民共和国軍)」を指すという。すなわち、日本とソ連が、満洲国軍とモンゴル人民共和国軍というそれぞれの傀儡国家の軍隊を使っておこなった一種の代理戦争、という認識だ。しかしこうした見方には、日ソ両軍に分かれて闘うことを余儀なくされて犠牲を出したモンゴル諸族の人々、もとよりこの地に住んでいたモンゴルの人々の視点が欠落していた。ちなみにノモンハンとは、モンゴル語でノム(法=経典)のハン(王)、チベット仏教僧の位階を示す「法王」を意味する言葉である。

田中先生の新著においては、この大規模な戦闘にいたる一連の国境紛争の背景にあった民族意識のうごめき、ノモンハン事件の戦場となったホロンボイルおよびその周辺地域にまつわるモンゴル諸族の来し方をまず詳述した後に、この戦争の本質を解き明かそうとしている。そのため本書には、戦闘に使われた両軍の戦車がどうの武器の性能がどうの、といった類いの戦争技術論はまったく登場せず、「関東軍兵士はソ連軍の戦車に肉弾戦でよく闘った」といったような精神論も見当たらない。その代わり本書の大部分は、モンゴル諸族がどのような経緯でこの地にいたったか、異なる部族として両陣営に引き裂かれたモンゴル人のリーダーたちが、無益な大規模戦を回避するためにいかに抵抗を試みたか、二つの帝国主義の下でいかにモンゴル独立を夢見ていたかを活写することに費やされている。

おそらくこの、「モンゴル目線」が斬新であるため、本書はさまざまな媒体の書評にとりあげられ、読書家の注目を集めていると思われる。

朝日新聞 柄谷行人氏による書評
読売新聞 松山巖氏による書評
NHK週間ブックレビュー 盛田隆二氏による紹介

衝撃的なのは、ノモンハン戦争そのものにおける死者・行方不明者数よりも、戦闘にいたる前の数年間にソ連政府に「粛清」、または日本参謀/関東軍に処刑されて亡くなっていたモンゴル人のほうがはるかに多く、ノモンハンにおける直接の犠牲者の百倍規模にものぼっていた、という事実だ。

モンゴル人民共和国においては、「……うち続く摘発は、ノモンハン戦争勃発の1939年5月までに、反ソ、反革命、日本の手先との罪状で、2万5828人が有罪とされ、うち2万474人が銃殺、5103人が10年の刑、240人が10年未満の刑、7人が釈放されたという。当時のモンゴルの人口を約70万人と見積もれば、これは恐るべき数字である」

また、今のチベット情勢を知る人々にとって特に興味深いと思われるのは、清朝崩壊後から1920年代以降にかけての漢民族によるモンゴル移住に関する記述が、チベットにおいて現在進行中の遊牧民定住化政策をめぐって漏れ聞こえてくる話と、ある部分で酷似している点であろう。

「遊牧民から見た農耕の漢族に対する、ほとんどトラウマに近い恐怖心は数百年にわたってつちかわれた民族的な伝統になっている」

「……清朝政府は漢族が遊牧地帯に無制限に侵入し、牧草地を耕地に変えて、遊牧民の生活を不可能にしてしまうこの重大な弊害を防ぐための方策をとっていた。しかし一七世紀になると、農耕地帯における人口増のために、耕地を求めてモンゴル人の伝統的な牧地に侵入する農耕民の波はおさえがたいものになっていた。しかも、ねらわれるのは、最も草の成育のいい、遊牧民にとってもかけがえのない牧草地であった」

「……ハルトードさんは私によく言った。田中さん、漢族は武器も何もなくてもモンゴル人を滅ぼすことができます。牧草地を耕地に変えて、そこでどんどん子供を産む。私たちはどこで生きていけますか。解決方法は、モンゴル人民共和国のように、自分の独立国をもつしかないのですと。
 この悪夢は、残念なことに二一世紀に入った今日、現実になってしまった。……私たちは、そのことを、支配する農耕民による遊牧民の排除、抑圧という図式だけではなく、遊牧は死滅すべきかという文明の根本的な問題として、またさらにすすんで、民族の独立の意味という点からも考えなければならない」

満洲国は(結果としては形式上のものに過ぎなかったかもしれないが、少なくとも理念上では)「五族協和」を掲げ、漢族、マンジュ(満洲)族、モンゴル族、日本人、朝鮮人による多民族国家を標榜していた。一方で同じ時代、「帝国」ソ連の力業ですでに成立していたモンゴル人民共和国は、社会主義国家に改変させようというソ連からのさまざま強圧――牧畜の集団化、チベット仏教寺院財産の没収、僧侶の還俗――を受けて、苦しんでいた。そのため、成立当時の満洲国は欧米の研究者達から、その成り行きを、一種理想的な希望をもって見守られていたという。

「(アメリカの地理学者)オーエン・ラティモアが、研究者として生涯にわたって引き受けたのは……農耕という生産形態に追い詰められて、牧地を失い極貧の生活に転落していくモンゴル遊牧民にとってどのような未来があり得るのか――、この問題をラティモアは研究者として終生追い続けたのである。それは文明の問題であるにとどまらず鋭く政治の問題であることが明らかになった」

「満洲国に組み込まれた固有の領域を生活空間とする遊牧モンゴル諸族……が、農耕漢族の侵入による牧地の耕地化、略奪から伝統的生活空間を守るべく、いかにして高度な自治が保証されるかに関心を抱いた」

いかがでしょう。
引用ばかりで申し訳ないので、興味をもたれたかたはぜひご購入ください。
田中克彦 『ノモンハン戦争』 岩波新書
2009年6月19日 第1刷発行で、私の手元にあるのが7月27日でもう5刷です。
紹介されている参考文献は、日本語、モンゴル語、ロシア語、ブリヤート語、ドイツ語、英語……さすがやのぅ。

週末の懇親会。憚りながら、完全にイロモノとして末席を汚す。ついでに「聖地チベット展」周辺を少々、偉い先生がたに宣伝してみたりなんかして(爆)
左から田中先生、中村雅子教授(教育史、マルチカルチュラリズム)、高木教授、モンゴルからの特別研究員ボルギジン・フスレ博士(東大大学院にて博士論文を日本語で執筆!)
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# by epea | 2009-09-28 02:57 | チベット・中国関連

上野の森でダイエット。4時間で100枚

上野の森へ行ってきました。
お天気もよく、陽射しも心地よく爽やかです。
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絶好の散歩日和……ですが、漫然と歩くだけではたいしたダイエットになりません!
(個人的な話ですみませんが、このごろ体重増えすぎで困っています・汗)
そこで、ダイエットも兼ねて、チラシ配りをすることにしました。

■ 「聖地チベット展」に合わせて作成された、2枚の超絶技巧チラシ: 
「50年間、主人のいないポタラ宮殿。本当の主が誰か、知っていますか?」
「チベットの仏像を見たあとは、ネットで検索 『チベット問題』」

pdfとjpg 両方あるので、見やすい方をぜひダウンロードして、眺めてみてほしい。

これ、さらっと読めるけど、2枚ともものすごい名作ですよ。読みやすさの陰に見え隠れしているプロの業に、うーん、とうなってしまった。
A4で読みやすいぎりぎりのサイズまで抑えた細かい文字で、コンパクトに要点を列挙。
一般の人を読み手に想定して考え抜かれたキャッチコピーは、押し付けがましくないトーンでありながら、インパクト大。
末尾の断り書き「このチラシは、どこの団体にも属さない個人が作成しているものです」は、「偏向した情報では?」との疑いを抱かせないための、心憎いばかりの配慮でしょう。
文字のバランス、文節に合わせたサブタイトルの改行、検索窓、色の配置。
なにもかもが……これは、プロの仕事です。

以前テレビのインタビューで、今をときめく佐藤可士和氏が「デザイナーは、コミュニケーションの医師でなければならない」と語っていたのを思い出しました。

絶賛したいので、作者がどなたか尋ねて回ったのですが、「この人は前に出たがらない人だから……」と。
いやはや、なんと謙虚なかたがいらっしゃるものよ。
フリチベチーム、見えないところで層が厚い!

このチラシはぜひとも通行人の皆さんにカラーで読んでいただきたいと思い、自宅で印刷して100枚ほど持っていきました。昨日までに「すでに約4500枚も配布した、手ごたえ抜群!」と聞いていたからです。

配布場所は、京成上野駅前からJR上野駅不忍池口改札にかけてあたりの、歩道です。

上野公園入り口の階段に、ブルさんがセットしたパネル。飾るそばからジーッと食い入るように見つめる通行人が現れて、いきなり2枚も配布です!
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雑誌「SPA! 」では、勝谷誠彦氏のコラムが掲載されているそうな。
「侵略と破壊で強奪した至宝を展示し、『チベット文化の紹介』と謳う中国の厚顔」・・・と、強い表現です。
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注目を集めていました、特注のちょうちんを片手に 「侵略御用じゃ!」
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さて結果ですが、午前中から配り始めて、4時間ほどで持参した100枚、全部くばり終えました!
今日の参加者は18人、全員で1600枚の配布です!! (詳しくはmixi該当スレッドで
昨年9月の渋谷の反応とはえらい違いで、驚きです。


こちらは上野の森美術館の入り口、午後2時半ごろ。お彼岸の日だったからでしょうか、意外と閑散としていました(会場内には入っていないので、中の様子はわかりません)。昨日までは長い行列ができていたそうです。
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配っていた時の感触など書いておきたいのですが、そろそろ眠くなってきました、ごめんなさい。おやすみなさい。
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# by epea | 2009-09-24 03:01 | チベット・中国関連

9月23日は、誰の日?/真夏の中国大使館前にて

9月23日は、トゥンドゥップ・ワンチェンさんの日です。
「良心の囚人」"LEAVING FEAR BEHIND" 映画製作者を救え!


こちらの写真は遅くなってしまいましたが、2009年8月1日、中国大使館前@六本木。
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「トゥンドゥップ・ワンチェンを、返せ! 返せ!」
「失われたチベットを、返せ! 返せ!」

大使館の前でチベット人がアピール、とはいえ、実際には大使館前の車道を挟んで、ピュンピュン車が通り過ぎている道の反対側の歩道から。果たして大使館の建物まで声が届くのかしら? と首を傾げたくなるほど、遠ざけられています。
また、アピールできるのは一度に5人まで、と制限されているようです。
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それにしても・・・ これって、警察のかたの方が人数が多くないですか?

もうすこし、引いてみましょうか。
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あらあら、ものものしい。ずいぶんとまた、大人数で?


「……え、なんで立ち止まってるかって? 名前、住所、ですか? わたしの?
いやですわぁ~ そんな大げさな。わたくし、ただの通行人ですよ。
ちょっと、お買い物にきましたの。夏のセールスやってますでしょ、六本木ヒルズ。ZARAの、欲しかったワンピースがあって。

それでお買い物の後に偶然ここを通りかかってみたら、
なにか……やってらっしゃるじゃない?
あのかた達、この炎天下で、いっしょうけんめい声を枯らして、叫んでいるじゃない?

チベットのこと、去年からたくさん報道されていますよね。
お気の毒じゃないですか? 迫害されているんでしょ?
命からがら逃げてきているって、聞いていますよ。
そんなこと、ニュースを見ている人なら、誰でも知ってます」


・・・なーんて書いてみましたが、フィクションですから(笑)。
警備の男性と通りがかりの有閑マダムの間でこんな会話が交わされていたら、おもしろいかなぁ、と。

警察の皆様、あの時は暑いなか大勢のご出動、たいへんお疲れさまでした。
チベット人のアピールを警戒して、というよりもむしろ、中国大使館側からの要請に応えて、あるいは中国政府とのお付き合い上「きちんと警護しています」という姿勢を示さなければならない、といったご事情もあるのではないか、などと拝察しております。

実際、警察のかたがたはこうしたアピール対応についても慣れていらっしゃり、親切に対応くださっているという印象を受けました。

もう、だいじょうぶですよね、守ってくださいますよね。
日本の警察は、弱い者や苦しい目にあっている人々を、見棄てたりしませんよね。
昨年5月の長野のようなことは、ありませんよね。
信頼していますから……よろしくおたのみ申します。

皆さん、ドゥンドゥップ・ワンチェンさんを助けてください。
ハガキやオンライン署名が力になります。
どうぞよろしくお願いいたします。
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# by epea | 2009-09-22 23:28 | チベット・中国関連

「チベット人は存在しない」 by 『聖地チベット展』 企画担当企業

「チベット人は存在しない」主催者が暴言=東京・上野「聖地チベット」展開幕


『聖地チベット展』と銘打った美術展を開催しておきながら、生身のチベット人女性を目の前にしながら、「チベット人は存在しない」と発言する。

……思わず怒りが湧き上がってきますが、ここは冷静に考えます。

この方は大広社側の担当代表として、今回のイベントへの抗議活動に関して、長い時間をかけて諸団体との交渉窓口を務めてきたかたです。当然、チベット情勢に関する情報を、今となっては相当、ご存知のはず。
おそらく、一人の人間として自由な発言が許されるのであれば、このような矛盾に満ちた暴言を吐いたりはなさらないでしょう。

「大広社としては、(中国側・チベット側)どちらにも与することなく、中立の立場で企画した」としながらも、
目の前で「私はチベット人です」と言っている人間の気持ちを慮ることなく、
中国政府の公式発言に沿った主張を繰り返す――「チベット人は存在せず、チベット族のみが存在する。」

上野の森美術館と大広社は、中国政府のメンツとチベット人120万人の命をはかりにかけ、「中国政府」をとった。
会社として、その方が賢明であると判断した、ということです。

それならば、企業としてのその判断が、倫理的にも商業的にも間違いだったということを、心ある・思考する個人個人が、できる行動を通して、証明していこうではありませんか?

現在は企業も公人としての在り方を、フィランソロピー精神や社会に及ぼす影響を、厳しく問われる時代に入りつつあります。
企業の倫理姿勢が、そのままブランドイメージに直結するのです。
特に、美術に関する仕事はイメージが大切なのではないですか?

「6000以上もの僧院を破壊し尽くし、仏教芸術を貶め、打ち壊し、略奪を欲しいままにしてきた」実態が事実として明らかになっている組織を擁護する――
そんな美術館の美意識を、誰が信頼しますか?

馬鹿にしないでください。日本の一般の人々は、それほど愚かではない。
思考停止したまま従来型の判断を下す企業は、後になって回復しがたいダメージを被るリスクを背負うことになるでしょう。

   
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# by epea | 2009-09-22 09:29 | チベット・中国関連

守りたい天空の至宝 ─ 聖地チベットを考える ─ 9/19(土) 14:00~

今から出かけなければならないので、とり急ぎ。
こちら、時間ある人はぜひいらしてみてくださいね。
この「芸術フォーラム」シリーズ、高名な研究者の方々による学術的な説明が無料で聞けますので、チベット文化の理解を深めるのにとてもいい機会です。

要予約となっていますが、直接会場へ行ってもだいじょうぶ。

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守りたい天空の至宝 ─ 聖地チベットを考える ─

スケジュール
2009年9月19日(土) 14:00~16:00
場所・住所
東京都美術館 東京都 台東区 上野公園

講演
ポタラ宮とダライ・ラマ ~近現代の歴史のなかで~
田崎國彦氏(東洋大学東洋学研究所客員研究員)

ゲスト
ラクパ・ツォコ氏(ダライ・ラマ日本代表部代表)

東京・上野の森美術館で開催される「聖地チベット展」に合わせて、チベットの芸術文化とチベット問題にフォーカスした講演会を開催します。

美術館で展示されている、いまは中国政府の管理下にあるチベットの仏様たちや 宝物は、どのような歴史を背負って、はるばる日本までお越しになったのか-- 。

「いまの」チベットを知る人たちが集い、「美術館の展示では足りない、本当の チベット」をお伝えします。上野の森美術館に訪れる前に、訪れた後に、ぜひ足 をお運びください。

参加費 無料
申込み 要 http://tibet-artforum.com/ の申込みフォームから
問合せ http://tibet-artforum.com/ の問合せフォームから

主催 チベット芸術フォーラム
協力 Students for a Free Tibet Japan,在日チベット人コミュニティー
後援 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
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# by epea | 2009-09-19 07:32 | チベット・中国関連

Techungさんコンサート

13日のテチュンさんコンサート@サントリーホール、大成功だったそうですね。
(私も数年越しの富士山計画に重なっていなければ行ったのだけれど、、、残念。)
感動の感想がちらほら入ってきました。今年は子供たちに、ルンタガールズ?も舞台に登場したとか??

「子供たちが登場」というのは、なるほど、と納得です。テチュンさんはチベット文化・音楽の継承について先鋭的な意識(危機感)を持っておられ、昨年から立ち上げた次世代育成プロジェクトで、広く支援を募っていらっしゃるからです。
セムシェ・プロジェクト
上記サイトにあるように日本にも支援窓口がありますし、たしかFacebookアカウントを持っている人は簡単にサポーターに入って募金できたはず。

またこのコンサート、宇多田ヒカルさんも聞きにきていたみたいですね! 絶賛されてます。
『惚れた×2』
さすが Hikki、テチュンさんにチェック入れていたとは臭覚鋭い。しかも、よほど気に入ったのか? テチュンさんジャケ写真(の撮影失敗版)、さらに二枚もあげてます。
失敗画像1
失敗画像2

歌詞を聞いていると、宇多田ヒカルさんって仏教的な観念に興味あるんじゃないかなぁ……という気がする(普通の恋愛詞とは違う)。アーティストのかたがたは感性鋭い人が多いから、表立って口にしていなくても、チベットを意識している人々が実は大勢いらっしゃるのでは。

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個人的には・・・コーラスグループ「スワンシスターズ」に期待しています!!

 スワンシスターズとは?: ファーストレディ鳩山幸さん、細川佳代子さん、下村満子さん、そして……フリチベ・セレブ湯川れい子さん、からなる4人組。これまで、おもにチャリティコンサートなどでその姿を目撃されている。

『湯川さん → 幸夫人 → 鳩山首相』のラインが効くのでは・・・?! いえ、冗談でなく。
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さて、本題に戻ってテチュンさんコンサート、大阪ではまだありますから、わるいことは言わないので、行ける人は今年のうちに彼の声を生で聴いておくべし。鳥肌が立つから。彼はどんどんビッグネームになっているので、来年以降はこんな良心価格では生で聴けなくなるかも、ですよ。

Event information by Ray-Light Japan
9/20(日) 関西ミュージックカンフェレンス
9/25(金) 大阪 道頓堀文化祭

テチュンさんプロフィール
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# by epea | 2009-09-17 13:09 | チベット・中国関連

富士山頂から 「Free TIBET!」

先週末の12・13日に、高校時代からの友人3人と富士山に登ってきました。

9月に入っていますが、まだ大勢の登山客でにぎわっていました。でもさすがに今週いっぱいぐらいで、一般の登山客は入れなくなると思います。
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登り始めた土曜日の正午ごろから、かなり霧が出ている状態でした。
雨よ降らないでくれ~と祈りながら、登っていきます。
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道端には、ふだん見かけないような珍しい植物が。
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七合目の山小屋、トモエ館で一休み。
標高が高くなるにつれて、どんどん寒くなってゆきます。
暖かい飲み物がおいしい~♪
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八合目あたりでもう、こんな濃霧です。
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霧雨から徐々に激しくなる雨の中、震えながら本八合目に到着。
わがフリチベ隊(と勝手に命名)の宿泊先は当然、チベ小屋として名高い?『江戸屋』です。

小屋入り口の前に、でっかいチベット国旗があって大喜び!!(←若干一名)
チベット人の皆さん、日本の富士山・江戸屋は、ラサと同じぐらいの標高からいつも応援しています。

びしょ濡れになりながら、さっそく 「フリーチベット!」 
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凍えそうで一瞬でも早く小屋に入りたかったのに、あほな私に付き合ってくれた友人たちよ、ありがとう。

江戸屋は二つあって、七合目にあるもう一つの江戸屋も相当にチベット色が濃いのですが、8月末で閉じていたようです。帰路に側を通りかかったところ、小屋の脇で風にはためいていていつもきれいな名物のタルチョも片付けてあったのか、見当たりませんでした。

本八合目・江戸屋のおじさん。かなりヒマラヤ入ってるお顔立ちです。
左側の白い戸棚に、なにげに FREE TIBETシールが。
(中国人登山客のかたがたが多かったので、あまり大きくは貼れないかも。。)
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注意書きもチベット文字で。
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雨はますますひどくなっていき、夜にはほとんど嵐の様相を帯びてきました。
「これはもう……山頂は無理だな、明日は撤退するしかないな」と思いながら、屋根に打ち付ける激しい雨風の音を聞きながら寝袋に入ったのですが、夜半過ぎになって奇跡的に、ピタリと嵐が止んだのです!

みんなに聞いたら全員一致で、「せっかくここまで来たんだから行きたい!」と。
そこで、午前3時半、山頂に向けて小屋を出ました。
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午前4時45分ごろ。山頂手前の岩場あたりで、空が赤くなってきました。

日の出は、午前5時15分前後だったでしょうか。
厚い雲が残って、ご来光の瞬間ははっきりと見えませんでしたが、爽快な夜明けです!
真ん中に勾玉のような形に写っているのは、山中湖。
この後、さらに日が昇ってからは雲も晴れて、相模湾の線もきれいに見えました。
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富士山頂で、フリーチベット! 
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「ラーゲルロー! ラーゲルロー! ラーゲルロー!!」
「プーゲルロー! プーゲルロー! プーゲルロー!!」

あほやね~ 風に吹かれて旗なんて掲げて、チベ人が信仰している山でもあるまいに……
とゆう、冷静な皆様の声が聞こえてきそうですが・・・
でも、いいのです! 楽しければ! 

……と言いますか・・・
寒かったです、厳しかったです、ハンパないです・強風と雨の富士山、日本一!
根性鍛わります、達成感あります、しかし、けっして万人にはお勧めしません。

今回の旅行、きっかけは3、4年前の「富士山いってみたいね~ いつか登ってみたいね」という友人の声に乗じて「そーでしょ、そーでしょ、行ってみたいよね?!」と企画。純粋な富士登山と見せかけて、その実態は道々チベット話を聞かせる「フリチベ洗脳ツアー」にしようではないかふふふ……ともくろみ、五月頃から近場の山で練習登山を積んでから行ったのですが、実際の山道ではみんな一生懸命で、おしゃべりを聞いてもらえる余裕はありませんでした。

薄くなる空気のなかを一歩一歩、少しずつ前へ。まずは七合目、そして八合目、本八合目の小屋、九合目……と、ひとつずつひとつずつ、先の地点へ。足元に集中しながら、着実に進んでいきました。山の経験はあまりない友人たちだったのですが、過酷な天候の下、弱音を吐かず、最後までリタイヤせず、三名全員、無事に山頂へ。本当によかったです。

山頂からもう一度、八合目の江戸屋まで降りてきたところ。
昨夕、雨嵐でびっしょりに縮んでいた旗も、気持ちよくはためいていました。
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こちらは五合目より少し上あたり、森林限界の手前です。快晴で、気持ちいい。
いや~ 晴れると富士山って、こんな穏やかなんですね。
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# by epea | 2009-09-15 23:32 | 日常雑記

牧野先生、当選

よかったですね。
共同通信では昨夜8時過ぎの時点で、「当確」が出ていました。
朝日新聞小選挙区開票速報 静岡1区

なにか障りがあるといけないと思い先週は書きませんでしたが、数日前の時点ですでに、朝日新聞の記者の方が「選挙後の展望について」取材にきていたそうです。

朝日新聞は7月のウルムチでのウイグル弾圧事件の時、中国軍の「水平射撃」について、真っ先に記事にしたと、ウイグル・シンポジウムで聞きました(無防備なウイグル人一般市民の列に対して、軍が予告的な「威嚇射撃」でなく最初から相手を狙った「水平射撃」を行った、との記事)。大手マスコミの対中関係においても、裏側ではいろいろな動きがあるようです。

これから、ですね。
民主党の安全保障政策の中でも本来の志を保っていただけるよう、牧野先生を世論の形で応援していけるといいですね。
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# by epea | 2009-08-31 08:08 | 日常雑記

よく日焼けして、神出鬼没な牧野先生

静岡で、牧野聖修先生にお目にかかってきました。
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牧野先生ご夫妻です。
今回、特に奥様には、事務所を訪問する前から問合せの電話にご対応いただいたり、事務所でもいろいろご説明いただいたりと、お忙しいなか親切にしてくださり、感謝しています。来客対応の傍ら、てきぱきとスタッフに指示を出しながらも、「忙しさのあまり髪振り乱して」ということは決してなく、常に美しくて落ち着いた気品に満ちあふれた方で、なるほど、政治家の妻とはこういう方でなければ務まらないのね……と、妙に納得してしまいました。

チベット・サポーターの間では有名な話ですが、牧野聖修氏といえば30年近く(30年以上?)も昔からチベット問題に取り組んでおられ、日本におけるチベット支援の草分け的な存在、と言われている人物です。昨年はセーブチベット・ネットワークの呼びかけ人として、3月蜂起直後の抗議デモに引き続いて5月には4000人規模のデモや大集会を成功へと導き、また夏には海外から国会議員を招聘して国際フォーラムを開催されました。

選挙の応援隊としてお邪魔するには、あと数日前までの方がよかったのでしょうが、先週までは足を運ぶことができませんでした。この水曜から休みがとれたため、今さらながら思い切って先生の事務所にお尋ねしてみたのです。……このように書いていると、「先生、先生と馴れ馴れしく呼んだりして、いかにも政治くさくってイヤな感じだなぁ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、昨年はいろいろと教えていただいたり機会を賜ったこともあり、自分にとっては単に政治家の人に対する慣習的な呼称としての「先生」ではなく、人生上の先輩としての「先生」であるのです(などと、勝手に思っています)。

事務所の中は、こんな感じ。写真OKとのことでしたので、撮らせていただきました。
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ボランティアの方々がおおぜい、作業していらっしゃいます。できれば何かお手伝いできることでも、と思いましたが、今回の選挙は先生にとっては4年前から、とりわけ昨秋以降はいつ選挙になってもおかしくない心積もりで地元スタッフの皆さんと一緒に準備を進めてきたため、作業としては現在の要員だけで順調に進んでいて、大丈夫です、とのことでした。忙しさという点では、公示前までの方が大変なのだそうです。

東京ではもっぱらチベット問題に関する演説しか聞いていなかったので、選挙区では幅広いテーマでどのようなお話をされるのか一度伺ってみたいものだ、と思い、事務所にいらした奥様に演説の場所と時間を尋ねたところ、「選挙区内の各地を飛び回っていて、神出鬼没でわからない」とのこと。選挙戦も終盤にさしかかると、演説の場所は事前に計画的に決めていくのではなく、車で走り回りながら、「あ、この辺の場所でもう一度話しておきたい」「あ、今ここに人が集まっているから、ここで」といった具合に臨機応変に決まるため、予測がつかないのだそうです。

それでは、スタッフの皆さんにご挨拶だけでも……と思っていたら、先生の事務所立ち寄りのタイミングとうまく重なって、非常に運よく、お目にかかることができました。

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顔が暗く見えるのは、下手くそな撮影で逆光になったから……(だけ)ではなく、日焼けのせいです!

連日のように辻立ちを重ねてこられたのが、一目瞭然の焼けっぷりですね。公示後の演説回数は(26日現在で)180回以上! 一日20回をノルマとされてきたそうです。

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かわいらしいポスターですが、お顔をアップにしていないなんて、政治家の方としては珍しい感じがします。今回の選挙戦では実際に、小さいお子さんを連れたお母さん達からの反応が、とても大きいそうです。

「とはいえ、民主党政権になったら外交方針に関しては、先生のお立場的に、難しい面もあるのではないでしょうか……?」とお尋ねしたところ、「大丈夫だ。俺はずっと人権外交、民主化の線でやってきた。当選しようがしまいが、変わらない。だから大丈夫だ、心配するな」と、即座に力づよいお言葉が。

民主党が与党をとった場合、日本の外交がある方向に偏ってしまうのではないか、と懸念している人々は少なくないと思います。だからこそ、民主党の中でも牧野氏や松原仁氏のような政治家の方々に、過度な傾向に突き進んで行かないようにブレーキを効かせてもらえたら望ましいようにも感じるのですが、静岡1区の皆さんはどのように判断されるでしょうか。言うまでもなく、外交は一分野のテーマに過ぎません。

牧野先生によると、演説の最中に、「先生、私たち去年の春に、代々木に行きましたよ!」と話しかけてくる人々もいらっしゃったそうです。……あの時、わざわざ静岡から上京してデモや集会に参加していた人々がいたのですね! どうりで四千数百人も集まったわけです。。

全国的には民主党が圧倒的に優勢とのことですが、静岡1区は毎回数名の候補者が出て、僅差で勝敗が分かれる結果となる選挙の多い激戦区であるようです。今週の週刊誌を見ても、静岡1区については自民党候補が有利とする見方もあり、予測は割れています。

牧野先生はこう見えても(?)スピノザがお好きで、東京にいらっしゃる時はご多忙な中でも時間を見つけては、神保町で哲学書を渉っておられます。選挙が終わって落ち着かれたら、どの書店でスピノザの良書が見つかるのか、一度ゆっくり伺ってみたい気がします。が、当選されたらますます忙しくなられて、今までのようにお話しさせていただく機会もなくなってしまうかもしれません。
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# by epea | 2009-08-28 03:22 | 日常雑記

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 9

■ Even the Hope of Independence is Vital
独立への希望でさえも(あるいは、それこそが)不可欠だ

当然ながら、独立の日が近づいているという保証はなく、私達が生きている間には独立は達成されないかもしれない――けれども私は、いつか独立することを、ともかく確信している。いずれにせよ、ランゼンというゴールを掲げ続けることは、究極的にその獲得に至るにあたって、不可欠なことだ。困難に満ちた亡命直後の数年間、私達亡命社会を強靭に一致団結させてきたのは、ほかならぬ独立に向けた希望だったことを、忘れてはならない。私達の社会が今、直面している問題――宗教的・政治的な小競り合いや、教育水準の下降、私達の宗教の嘆かわしくも不名誉な商売化(コマーシャリゼーション)、政府におけるシニシズム、そして一般人の間の自尊心や品位の喪失など――こうした数々の問題は、チベット指導部が過去20年間、自由を求める闘いを徐々に手放してきた姿勢に、決定的な根本要因があるように思われる。

独立に向けた希望は、チベット域内の人々にとって不可欠なものである。亡命社会において自由を求める闘いを生かし続けておくことこそ、チベット域内の人々に希望を与えてきたのであり、彼らが受け続けている恐ろしい苦難にも関わらず、チベット人の文明やその世界はまったく失われてしまったわけではないという、いくばくかの保証を与えてきたのだ。チベット人が自分達自身のアイデンティティや文化や宗教を保っていくためには、自由なチベットを求める希望の灯も、常に掲げられていなければならない。もし私達が中国の一部であり続けるとしたら、私達は国家としてのアイデンティティのみならず、文化のアイデンティティをも、失うことになるだろう。北京は私達が、(ご想像の通り)「御しやすくて絶対的な、政府お仕着せの仏教徒」であることを許可するかもしれないが、中国には他にも多くの仏教の宗派やカルトが存在していることを念頭に置いておくべきだ。もし、チベット2000年の歴史を誇る不朽の文明・文化の遺産として残されてきたものが、結局は、人民共和国の山岳地域にある中国仏教の奇妙なカルト一派に過ぎない存在に陥ってしまうとしたら、それこそ究極の悲劇的なアイロニーであろう。

個人が、チベット域内においてのみならずインドの亡命社会において、あるいは異国に孤立した状態で、あるいは中国の刑務所の獄中に、たったひとりでいるとしても、その個人がはっきりと、チベット人としてあり続け、生き続けていくための唯一の道――それは、チベット独立への希望をしっかりと握り続けることであり、そして共産主義中国とそれに引き継がれてきた非人間性や悪に対する、絶え間のない果敢な抵抗を、自分自身に対して、世界に対して、示し続けることだ。

近代中国における最高の作家 魯迅(1881-1936)もおそらく、チベット人に対して、「現在の苦境に直面したまま縮こまって死になさい」などとはアドバイスしないであろうと、私は思う。魯迅は生まれつきの悲観主義者だったけれども、希望に関しては、次のような言葉を残しているのだから。

「希望は、『ある』わけでも『ない』わけでもない。希望は、田舎の小道みたいなものだ。もとは道などなかったところ――けれども、人々がいつも同じ場所を通っていくうちに、そこに道が現れるのだ」(*1)


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注(*1)
魯迅 『故郷』 からの一節の引用。
青空文庫には、大正期の味わい深い日本語、井上紅梅訳が公開されています。
また、魯迅ファン・おがまんさんによる、読みやすい現代語訳もぜひ。用語辞典も付いていて、素晴らしいです。

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・・・はい! ジャムヤンさんのRangzen Charter 2008年版は、以上です。
長々と最後まで読んでくださった皆様、辛抱強くお待ちいただいた皆様、どうもありがとうございました。

更新に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。この一節も、先月末にはあらかた訳し終えていたのですが、最後の部分は魯迅のどの作品からの引用か? 探していて『故郷』とわかり、うーむさすがジャムヤン、「ランゼン(独立)」を扱う文章の最後に魯迅、しかも『故郷』とは、シブいダブルミーニングにしびれるぜっっ!とか(中国人作家の手による作品に、チベット人の「故郷」を目指す運動・ランゼンと題意を掛けている。しかも魯迅といえば母国中国の圧制・全体主義を「鉄の小部屋」に喩え、窒息しそうな重苦しい作風で有名)……この引用、原典はあたれないにしても誰の訳がよさそう? とか……ぐずぐず考えているうちに、日にちが経ってしまったのでござりまする。

今夜のところは、このへんで。
(明日から来週にかけてまたしばらく離れますので、あしからず。)
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# by epea | 2009-08-20 02:15 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 8

■ Democracy and Rangzen
民主主義とランゼン

真に民主主義的なチベット社会においてのみ、創造性や斬新な考え方、そして新しいリーダーシップ――これこそ自由を求める闘い(Freedom Struggle)において、喉から手がでるほど必要とされているものだ――が誕生するのみならず、それらが価値あるものとして尊ばれ、効果的に機能するようになるだろう。さらに、民主主義だけが政府の機能に十分な透明性をもたらし、また私達のリーダーシップの側に正真正銘の説明責任(アカウンタビリティ)を養うことになるだろう。したがって民主主義こそが、チベットの人々のランゼンに対する真の想いが十分に表出されるための、唯一の手段となる。

抑圧されたチベットの人々にとって、民主主義は、中国の圧政からの究極の自由という目的を象徴しているだけでなく、チベット人自身の選択による真に公正で公平な政府を求めるうえで、最上の希望を示すものでもある。その意味において、真に民主的なチベットの実現を保証することは、「チベットの独立は神政的な封建主義への逆行である」と言い募る中国のプロパガンダに対して拒絶の姿勢を示すためにも、有効といえるだろう。したがって民主主義は、私達の理念にとってその潜在的な武器となり、また私達の亡命社会においてそれを純然と効果的に実施することは、自由を求める闘いに信憑性を持たせるために、疑いの余地なく必要なものとなる。亡命社会に民主主義を根付かせるための小さな一歩は踏み出されてはいるものの、より多くの事柄が実行されていかなければならない。本当の意味で党に基づいた選挙制度が、(ネパールの古いうわべだけの「パンチャヤット制(panchayat)民主主義」に似たものでしかない)現行システムに取って代わらない限り、亡命政権と亡命議会に真の民意が反映されることは決してないだろうし、独立したチベットを求める人々の望みに基づいた政策が実施されることもないだろう。

しかしながら、選挙制度の改正のみが民主的で動的な社会を確実にもたらすわけではない。チベット人が、私達の祖先がチベットに仏教を受け入れた時と同じような熱意と献身でもって、民主主義的な考え方や文化を受け入れる必要がある。時代を超えて息づいてきたチベット仏教の生命は、7世紀から13世紀にかけてインドの仏典を研究し翻訳したロツァワ(lotsawa)と呼ばれる偉大なチベット人翻訳者達の、とてつもない不朽の学問的偉業に大いに依っている。彼らの並はずれた業績は、今日に至るまでのあらゆるチベット仏教組織やその成果のすべてがそれに基づいて築かれてきたほどの、知の盤石の土台となった、といっても過言ではない。私達国家の政治的な未来の進路を導きだすうえで、チベット人は西洋民主主義と市民社会を形作った思想や哲学を研究し、議論するべきだ。私達の政治教育におけるスートラ(顕教)とタントラ(密教)には、フランスやイギリスの偉大な啓蒙の書や、アメリカや現代インドの建国の父による著述の数々、そしてそれらに続く現代の自由主義者や民主主義の旗手たちによる作品がふさわしいだろう。

そうした知的な努力、政治的な献身、そして倫理的な情熱をもってのみ、私達はチベットの独立回復をもたらしうるであろうし、法の支配および個人の自由の卓越性という理念に基づいた、政府における真の民主制度の樹立を達成できるであろう。
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# by epea | 2009-07-31 23:47 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 7

■ International Dimension of Rangzen
ランゼンの国際的な局面

1990年代以降、チベット指導部と一部の西欧の支援者達は、環境や世界平和、スピリチュアリティといった「地球規模の関心事」をチベット問題と融合させようと計画してきた。こうした風潮の後、一部のチベット人やその友人達の間には、「チベット人の独立を求める奮闘は、泥臭くて限定的なもの(地球規模の姿勢ではない)」といったような、高尚で高所から見下すような、それでいてきわめて幼い発想が生じてきた。言うまでもなくこうした見解は誤りであるのみならず、人々がある種の理念の必要性を、自分達の別のニーズ――社会的受容、ポリティカル・コレクトネス、専門家としての名声や出世、そして時に物質的利益など――と混同してしまいがちであるか、その明らかな実例となっている。

自由を求める真の闘いは、局所的に(その地域で)行われているものであり、大抵は、世間体や社会的地位や経歴を失うにとどまらず、人生さえも投げうつ覚悟を備えた人々による捨て身の行為である。自由を求める闘士達はその本質上、秩序を乱す存在なのだ。けれども、いかに社会に動揺をもたらし、いかなる経済的困窮や人間にとっての苦難をもたらしかねないとはいえ、マハトマ・ガンジー、マルティン・ルーサー・キングJr、ネルソン・マンデラ、アウンサン・スーチーといった人々による不撓不屈の(そしてとりわけ局所的な)闘いは、自由を愛する世界中の人々を鼓舞してやまない――たとえば、いわゆる「世界平和」を実現するための、外交官や職業活動家、国連事務総長による善意にもとづく努力などよりも、はるかに力強く。(しかもこうした人々の言う「世界平和」の実態は、より厳密にいえば「国際社会の現状維持」と表現する方が近い。)

専制に対する一つ一つの自由の勝利は、他の大義や理念(に従事する人々)にとって、計り知れない応援となる。バングラデシュが独立を果たした時、私達はどれほど心から興奮したか、チベット人ならその感動をよく覚えているはずだ。しかも、チベット人の空挺部隊が彼らの勝利に重要な貢献を果たしたと知って、私達はさらに勇気づけられ、誇らしく感じたものだ。インドが独立した後、アフリカやアジアの各国もまた続々とヨーロッパ植民地主義から独立を果たして自由になった。1990年代にはベルリンの壁が崩壊し、今度はソビエト連邦のくびきから逃れた一連の国々が自由を獲得した。もしチベットが独立すれば、東トルキスタンや内モンゴルといった近隣地域にとってのみならず、中国それ自体の人々にとっても、自由の新しい時代をもたらしうるかもしれないし、少なくともその先駆けとなる可能性は、大いにあるのだ。

私達はまた、次の点についても留意しておかなければならない。今日の世界における最も抑圧的で残忍な政治体制――金正日の北朝鮮、軍事政権のビルマ、ロバート・ムガベのジンバブエ、イスラム・カリモフのウズベキスタン、そして、ダルフールで大量殺戮を行っているスーダン政府――が基本的に存続し続け、繁栄すらしているのは、経済・外交・そして軍事面において中国の支援を受けているからである。
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# by epea | 2009-07-29 23:00 | Jamyang Norbu