『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 6

■ Why Give Up Now?
なぜ今、あきらめるのか?

特に中国人のチベットへの流入、とりわけ新しい鉄道の完成後にそれが加速している点を考慮すれば、チベット域内の状況が陰鬱であることはたしかに否定できない。だが、ダライ・ラマ法王の御旗を掲げる中道路線推進派による定番の議論、すなわち「中国人の流入を防ぐには、私達は自由を求める闘いを放棄して中国の支配下で生きていかなければならない」という主張は、明らかに間違っている。中国指導部や官僚の誰かが果たして、「もしチベット人が独立への要求をあきらめたら、中国人の人口移動策を考え直してもいい」などと、遠まわしにでもほのめかしたりしているだろうか? もし自由を求める闘いが放棄されてチベット域内の状況が落ち着いたら、中国人の移住は明らかに増加するだろう――過去5年間よりもはるかに大きな規模で。そして、ダライ・ラマ法王とチベット亡命政府がチベット領土における中国の統治を受け入れたら、中国人によるチベットへの人口移動が、世界の人々の目前で、完全な意味で明らかに合法化されてしまうことは、国際法に関する深い知識がなくても、容易に想像できる。

中国人の移住に対抗する唯一の策は、外国の投資家や中国人の起業家・求職者達が、「チベットは利益をもたらすどころか、ビジネスを行っていくには耐えられない土地だ」と判断せざるをえないほど、自由を求める闘いを活性化して、チベット域内の状況を流動化させることだ。たとえチベットの独立がごく近い将来に実現できないとしても、世界の耳目の前にはっきりさせておくべきことは、チベット高原は大いに「紛争中」の地域であり、チベットの独立問題は解決済みとはほど遠いという事実である。

中国人によるチベットへの移住がいかに深刻な事実であるとはいえ、この状況は完全に逆転できないわけではない、ということを、私達は肝に銘じておかなければならない。かつてスターリンは、リトアニアやラトビア、エストニアといった非ロシアの小国に対して、大規模なロシア人移住策を強行した。1939年の時点で、これら三国の人口は合計で600万人と、現在のチベット人とほぼ同数だった。スターリンは数千人ものバルト諸国の先住者達を処刑し、また数百数千の人々をシベリアに追放した。(こうした施策により、)当時の世界ではバルト三国は終焉したものと理解された。1950、60、70年代にかけては、これらの国々が存在していたことすら人類の記憶から消滅してしまったかのように思われた――これら三国の公式な代表者が、ロンドンとニューヨークに駐在事務所を構えていたにもかかわらず。リトアニアに生まれ育ったポーランド人のノーベル文学賞作家チェスワフ・ミウォシュは、自身の著作『囚われの魂』の最終章でバルト諸国の人々の声を代弁しているが、「スペインのコンキスタドール(征服者)によって絶滅させられたアステカ族のように、古代から続いてきたバルト諸国の歴史も終わりを迎えたのだ」と、心に残る痛ましい所感を残している。

しかしソビエト連邦が崩壊し、これら小さい三国は独立国家となった。諸国の中にはまだ相当数のロシア人が住んでいる。彼らはかつて三国の存続や独立性に対するあからさまな脅威と考えられていたが、もはやそうではない。心に刻んでおきたいのは、以前はソビエト全体主義とロシア移民によって完全に抹殺されたと信じられていたこれらの小さい国々が、今や自由な国家だということだ――昔から伝わる自分達の旗を掲げ、自分自身の言語を話し、自由を謳歌している。

チベットは中国支配下の最悪の時代でさえ、バルト三国ほど完全に消滅させられていた時期はない。そして今、あらゆる場所に蔓延しているビジネス上の利益や各国政府の冷笑にさらされながらも、チベットはとにもかくにも、世界の人々の関心を集め続けている。たしかにそれは、いつも私達が望んでいるような注目であるとは限らない。にもかかわらず、チベット情勢には世界中から何らかの意識が向けられており、しばしばその窮状に対して関心が寄せられている。もし、私達が独立を諦めてしまっても仕方ない、と思われるような言い訳が通じる時期があったとしたら、それは国際共産主義と中国のチベット支配が永久に続くかと思われた1960年代と70年代だったであろう。当時、自由主義世界の多くの知識層や著名人達は、共産主義中国と毛沢東首席の思想に夢中になっているように思われた。

まさに現在、チベットは、90年代の絶頂期よりは大幅に縮小したとはいえ、きわめて並はずれた注目と共感を世界中から集めている。言うまでもなく、こうした同情がチベットの大義を支える政治的な支援に転換していないのは、たしかに不運である。私達チベット人、特に宗教上の指導者は、私達の政治的な目的を世界に対して明確に、恒常的に示してくることができず無力だったことに関して、重大な責任を負うべきであろう。実際に、こうした首尾一貫性の無さが、私達自身の活動家や支援者達の間に混乱を拡大し、大義のためのあらゆる努力は泥沼に陥ってしまったのである。
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# by epea | 2009-07-23 23:22 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 5

中国支配下においては、いかなる自治状態への希望を抱くことも現実的とはいえない。なぜなら、(そうした状態を望むことは)中国の体制がその中に異なる政治・社会システムを内包できるほど柔軟で寛大であることを前提とするからだ。たとえば、インドのような国家の中にはそうした自治地域を思い描くこともできる。インドは正真正銘の多文化・多民族から成り立っており、政府の機能をはじめ、少数派や異議を唱えるグループに対する主流派の抑圧などを原則としてチェックするような憲法や自由な報道機関、自由な選挙、独立した司法制度といった、民主的な制度を備えているからだ。しかし、これらはまさにその性質上、中国指導部には実現できない事柄である。

中国指導部もまた、その国民と同様に、長く抑圧的な文化および政治遺産――一流の中国研究家であるオーストラリア人のW. J. F. ジェナーは、これを「歴史の暴君」と名付けている――の犠牲者である。それは、中国の社会や政治における前向きで抜本的な変化の実現を阻んできた。ジェナーは言う。「……中国という国家自体が監獄に囚われているという荒涼とした可能性――そこから明らかな逃げ道はなく、数千年にわたって絶え間なく強化されてきた歴史の監獄――文学的な創造物としても、そして過去の堆積した結果としても。」

香港に許されていた「一国二制度」は例外であり、北京にとって有利だったために認められたものだった。もし中国がこの制度について譲歩していなければ、当時、香港経済に寄せられていた国際的な信頼をおそらく損なっていただろうし、中国にとって大きな財政上の問題を引き起こしていただろう。共産主義へのバトンタッチに続く数年の間に、ジャーナリスト、ラジオ・パーソナリティ、政治風刺家、法律家、その他の香港における民主化を求める声は、徐々に「窒息するような」政治的風潮の中で組織的な嫌がらせや暴力的な脅し、殺害の恫喝などを受けて、その多くは香港を離れた。植民支配後の自由な中国を保証するはずだった基本法は事実上骨抜きにされ、香港島の議会および行政府は北京の支配下に買収された。

香港市民とは異なり、チベットの人々は自分達が文化的にも民族的にも言語においても、そして気質においてすら、あらゆる面で中国人とは異なっていることを激しく実感しており、骨身に沁みて知っている。チベットにおけるチベット人の暮らしが経済的に改善してきた(本質的な意味で改善しているわけではないのだが)としても、上記の点に関するチベット人の感情を著しく変えるものではなかった。ラサにおける一連のデモが、チベットの経済状況が過去と比べて著しく向上したとされる時期に起きていることを忘れてはならない。この件に関するチベット人の考え方は、1980年代後半にチベット内で出回った反体制文書からの次の引用において、最もよく表現されている。

「もし(中国の下で)チベットが成り立つなら、チベット人の生活は向上し、その暮らしぶりは幸福の度が過ぎて、三十三天の諸仏を困惑させることになるかもしれない。もし本当に、そのようなものが真に与えられるとしても、それでも我々はそれを欲しいとは思わないだろう。我々は、そんなものは要らない」
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# by epea | 2009-07-21 20:01 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 4

■ Why Rangzen is Absolutely Essential
なぜランゼンが絶対に必要なのか

いくつかの国々は他の国家や帝国の配下にあってもどうにか生き延びているどころか、外国の統治によって利益を得ているような場合もあるだろう。最も顕著な例はいうまでもなく、イギリス統治下の香港だった。けれども、たとえ熱心な中国の支援者であっても、中国によるチベット支配は成功したと思しき点が見当たらないどころか、イギリスによる香港支配と比べたら人道的にも自由度においてもほど遠いということを認めざるをえないだろう。

とはいえ、比較的良質な外国による支配であっても、一見したところ、先住民の文化や意識、気力に弊害をもたらしている兆候がある。オーストラリアやカナダは豊かな経済に恵まれ、(少なくとも今日では)先住民を含む自国民の権利を護るための様々な民主制度の発達した先進国だ。けれども、こうした国々では多くの先住民達が道徳的に堕落し、貧困と病にさいなまれ、アルコール中毒の犠牲となり、絶望に瀕している。こうした状況は、チベット域内で起こりつつある現象と不気味なほど酷似している。

外国による統治下で、多少なりとも自尊心を保ちながら生きのびる唯一の方法は、圧政を強いる権力に対して常に対抗・挑戦し、最終的には自由を獲得する、という希望を保ち続けることであるように思われる。もし暴君に対して抵抗すれば、征服者側から敬意すら獲得するようだ。白人による不正と暴力の下に苦しみながら死んでいった数百万ものアメリカ先住民達のうち、現在もアメリカ国民に尊敬の念とともに記憶されているのは、ジェロニモ、クレージーホース、シッティングブルといった、最後まで白人と熾烈な戦いを繰り広げた偉大なる酋長達だけだ。白人の下で円満に暮らそうとワシントンDCへ赴いて「偉大なる白人の父」(*1)におとなしく服従した酋長達は、すっかり忘れ去られている。

ジョージ・オーウェルは新聞に寄せたコラムの一つで、次のように述べている。メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマといった古代文明では、現代社会が電気や化石燃料によって成り立っているのと同様、完全に奴隷制度のうえに成り立っていたにもかかわらず、おそらくスパルタカスを除いて、ただ一人の奴隷の名前も記録に残されてはいない。そして私達がスパルタカスを記憶しているのは、「……彼が『悪に手向かってはならない』という禁則(*2)に従ったからではなく、むしろ悪に対する激しい反乱を起こしたからなのだ」


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訳注
(*1)「偉大なる白人の父」: 
"Great White Father"とは、「大統領」を意味するアメリカ先住民の表現。

(*2)『悪に手向かってはならない』:
"resist not evil"とは、聖書マタイ伝第五章からの引用。

日本語文語訳
  されど我は汝らに告ぐ、悪しき者に抵抗ふな(てむかうな)。
  人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ
  (だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい)。

標準英語訳
  But I say unto you, That ye resist not evil:
  but whosoever shall smite thee on thy right cheek,
  turn to him the other also.
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# by epea | 2009-07-18 11:25 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 3

■ Inside Tibet Now  チベット内部は今

世界中でおそらく、チベットのようにスターリン主義の政治体制下に統治されている地域は(おそらく北朝鮮を除いて)ないであろう。とりわけラサは、最も厳格な状態にある。この厳しい現実は、西洋からの旅行者、そしてナイーブな(うぶでだまされやすい)亡命チベット人の訪問者からもほとんど見過ごされてきた。彼らは中国の無節操な全体主義システムについてはあまりに無知なまま、中国の「素晴らしき新しき資本主義社会」のスケールに感銘を受け、時としてその歯車に引き込まれてしまう。

現在チベットを訪れる人々は(いわゆるチベット「専門家」を含めて)、日常で出会う人々が中国による統治に対してあからさまに抗議の意を示さない様子を見て、チベット人は現状に満足していると結論付け、中国共産主義の支配下にある生活の実態を相変わらず考慮に入れそこねてしまう。バツラフ・ハベルは、強圧的な圧政の下で暮らす人々が、知的・社会的・政治的行為に関して保たざるをえない「二重人格」について、克明に記述している。単刀直入にいえば、「誤った」意見を持つ国民を罰するといった国家においては、単に訪問者が人々の真の気持ちを見過ごしがちな傾向に陥ってしまうのみならず、その国家体制自体もおそらく、そうした国民の真意の実態について把握しにくくなるだろう。

中国当局は1979年、ダライ・ラマ法王特使がラサに到着した際に受けた圧倒的な感情に満ちた大歓迎を目の当たりにして、唖然としていた。当局は、ランゼンを支持しているチベット人は「ほんの一握り」しかいないと、ある程度まで実際に信じていたようだった。問題の深刻さゆえに、当局が基本的な秩序の再建をはるかに超えて抑圧的な方策をとらざるをえなくなるまでは。

ディスコやカラオケバー、売春宿、ナイトクラブ、ホテルなど、コンクリートの建物のけばけばしく安っぽい正面玄関の内側で、中国政府のぞっとするほどあからさまな数々のキャンペーン、「容赦なき抑圧(1988)」「強打(1966、2001、2004)」「死に至る闘争(2006)」運動が、厳格に推進されている。人民解放軍(jiefangjun)、武装警察(wujing)、強制労働収容所(laogaidui)、国家精神棟(ankang)、公安(gongan)、国家公安部(anquan or guoanbu)、そして「相互監視」システム(danwei)といった制度が、(労働)単位(work unit)、「愛国再教育」チーム、近隣保安監視(neighborhood security watch)、そして絶えず存在している密告者達によって遂行される――こうした制度すべてが、自由にあけすけに機能している。それらは、独立状態にある法廷、自由な報道、市民団体、独立した監視機構、倫理的・宗教的な意見といったものとはかけ離れており、しかも世界の報道機関も常駐せず、何者にも妨げられずに存在している。世界中で最悪の統治が行われている国々であっても、中国指導部がチベットで何の責任も問われることなく遂行している暴虐な専制独裁政治を回避しないまでも、(上記のような)制度が何らかの形で、いくばくかは存在しているものだ。

2006年5月、チベット自治区 共産党書記の张庆黎(Zhan Qingli)は、ダライ・ラマ法王に対する「死にいたる闘争(Fight to the Death)」運動を発表した。チベット人は、政府の最も低い役職から上級職員に至るまで、いかなる宗教儀式への参加も許されず、寺院や僧院に行くことも禁止された。以前は、党員だけが宗教を放棄するよう強要されていた。僧院における愛国教育運動は拡大された。ラサとその周辺地域にいるチベット人職員は、ダライ・ラマ法王を批判する文章を書くように強制されている。下級職員は5000語の非難文でよかったが、上級職員は10000語の文章を書かなければならない。引退している職員さえも免れることはできない。

チベット域内では、数十年にわたる魂を破壊するような共産主義の教化や、世界でも最も冷酷で衰えることのない圧政のシステムを経て、チベット人の「ランゼン」独立への希望はまだ、断固として圧殺されることを拒んでいる。現時点では大規模なデモは可能ではないとしても、勇気ある個人、尼僧、僧侶、そして一般の人々が、数か月、数年の間、禁じられているチベット国旗を掲げ、反中国のポスターを貼り、公衆の前でランゼンを叫び続けてきた。2003年10月2日、ニツォ僧院の20歳の僧侶ニマ・ダクパは繰り返し拷問を受けて獄中で死亡した。彼はチベットの独立を求めるポスターを貼ったことにより「分離主義」活動の罪を問われ、9年間の刑に服している最中だった。2006年9月3日、人々で込み合うラサのバルコルで、23歳の僧侶が一人でチベットの独立を求める短いデモを行った。数分で彼は中国保安要員に拘引されていった。このような、数百もの似たようなケースにおいて注目すべき点は、スローガンとして叫ばれていた合い言葉が例外なく「ランゼン」であったことだ。


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訳注
4番目の段落に多い中国の諸制度、運動などの名称については調べがついておらず、不正確なものです。
ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけますと幸いです。
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# by epea | 2009-07-18 05:15 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 2

■ Origins of Tibetan National Identity
(先が長いので、この一節は省略します。あしからずご了承ください)


■ Legitimacy of Tibetan Independence
チベット独立の正当性

独立国家としての地位を求める私達の主張がいかに長年にわたる理にかなった要求であるか、私達チベット人自身が理解することが、絶対に必要である。この世界における多くの国家は一面において、ほとんどが歴史の産物だ。アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアは、本当の意味で、自国の起源をチベットのように国土に依っているわけではない。クウェート、ヨルダン、シンガポール、そしていくつかのアフリカの国々は、西洋の植民地政策の産物、または植民地支配の残骸から形成されたともいえる。最近では、かつてのソビエト社会主義連邦の崩壊から、ベラルーシ、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンといった国々が誕生した。これらは、かつては国家として存在したことのなかった国々である。

世界からの国際的な注目度を考慮すると、パレスチナという国家もまた存在したことがなかった、と指摘する向きもあるかもしれない。歴史的に存在していたのはオスマン帝国における一地方、州(vilayet)であり、それは後にイギリス保護領となった。イラクもまた、第一次大戦後にイギリスが、敗北したオスマン帝国の3つの州、モスル、バグダッド、バスラをとりまとめて作り上げた国家である。今日のかの国における解決しがたい暴力的な分裂、民族および部族間の派閥の存在は、この連邦の根拠の乏しさをあらわにしている。

本稿は、チベットが上記に挙げた国々や領土よりも国家として存在する権利がある、と論じるためのものではなく(結局のところ、自分自身の人生・生活スタイルを決める権利は万人が生まれ持つ基本的な権利である)、国家としてのチベットの立場が世界の他の国々(以上ではないとしても、他国)と同様に、正当で筋の通ったものである、という事実を強調するために書かれている。私達が国際連盟や国際連合に加入してこなかったこと、あるいは、いくつかの大国が中国との交易関係を危険にさらしたないたくないばかりにチベットを国家として認めてこなかったこと――こうした事柄は、国家としてのチベットの正当性を少しも損なうものではない。

中国との貿易は、過去二世紀の間イギリスとアメリカが独立国家としてのチベットを支援するどころか認めることさえ拒否してきた、事実上最大の理由である。1930年代、まさに「チベットにおけるイギリス政策の立役者」であり、チベットに関する権威であったサー・チャールズ・ベルは、次のように認めている。

「イギリスとアメリカ、そしておそらくほとんどのヨーロッパ各国は、チベットを中国支配下の存在とみなしている……そのうえ、中国との貿易の莫大な潜在性については、常に論じられてきた。記憶している限りでも、50年前にもそれについて語られていたが、その後の50年間でそうした莫大な潜在性は現実にはならなかった。潜在的なものは、潜在的でしかない。しかし、諸外国は中国の交易から十分に利益を得たいと望み、その目的のために中国に気に入られようと試みてきた。だが、中国における商業利権を増やしたいがためにチベットを売らなければならないというのは、嘆かわしいことである」

チベットがその歴史を通じて、外国勢に征服されていた時期があるという事実、また、幾人かのチベット人統治者は政治上の支配力を獲得するために外国の軍事力に頼っていたという事実も、自由な国家としてのチベットの正当性に、何の違いももたらさない。18世紀と19世紀、チベットの政治力・軍事力が著しく衰え、満州(*1)の支配が国中に及んだ時でさえ、チベット文明の独自性やその民族的・国家的アイデンティティは、(チベット長官としては名門の出身の満州人とモンゴル人しか選出せず、決して中国人を任命しなかった)満州自身によってのみならず、アジア全域の人々によって広く認められていた。実際に、満州のチベットとの関係は(満州の「外務省」、外地統治を担当していた中央官庁の二つの「局」のうちの一つだった)「理藩院」(Li Fan Yuan)によって司られていた。この局は、満州宮廷とモンゴル大公、チベット、東トルキスタン(新彊)、ロシアとの関係を担当していた。

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訳注 *1 「満州」: Manchu
中国清朝を指す。
ジャムヤン氏の英文でQin DynastyではなくManchuの語が使われているため、その表記に合わせました。
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チベット、とりわけ首都ラサは、ロシアのブリヤート人やカルムィク人、数百万ものモンゴル人によって、文化と信仰の中心地と見なされていた。1878年、ロシアの探検家プルジェワルスキーは地理学協会および陸軍省に、次のように書かれた覚書を送っている。

「……彼はラサを、アジアにおけるローマとして描いた。その精神的な影響力は、セイロンから日本にいたるまで、250万人に及んでいる。ロシア外交にとって最重要の対象である」

世界において、一時でも他国の支配下に入ったことのない国など、おそらく存在しない。もし継続した揺ぎない独立の歴史を証明しなければ国家として認められないとしたら、国連加盟国の中で独立国家を名乗れる国はほとんどなく、あるとしてもごく僅かであろう。1960年、チベットに関する国連での議論においてアイルランド使節団が指名された時、もし国連総会に出席していた各国が過去にどの国からも支配されたことがないことを証明しなければならなかったとしたら、ほとんどの国はその国連総会に参加しえなかっただろう。

イギリスはほぼ四百年もの間、ローマ帝国の一部だった。ロシアは二世紀以上にわたって蒙古の支配下にあり、また言うまでもなく、アメリカはイギリスの植民地として始まった。中国自身も蒙古と満州の両方に支配されていた時代があり、チベットとの戦争においては繰り返し敗退を喫している。763年には一時、チベットが長安を占領した時期もあった。しかも、忘れてはならないのは、20世紀の前半には中国の領土の相当部分が日本の統治下に入っていた時期もあったことである。
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# by epea | 2009-07-15 23:37 | Jamyang Norbu

『ランゼン: 独立チベットの論拠をめぐって』 ジャムヤン・ノルブ

"RANGZEN: The Case for Independent Tibet" by Jamyang Norbu

(訳注・ 本稿は、ジャムヤン・ノルブ氏が当初、2006年に発表した論考を昨年、2008年版としてブログに再録した原稿について、日本語訳の可能性を伺ったところ、さらに推敲を加えた最新版をジャムヤン氏より直接送付いただき、翻訳する運びとなったものです。)


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■ 2008 Introduction
2008年版 序論

チベットにおいて、古(いにしえ)の山と雪獅子の旗を掲げることは、見つかればその場で銃殺されかねない「分離主義派」の違法行為とされている。にもかかわらず、今年(2008年)一連の歴史的な蜂起において、数百にのぼるあまたの国旗が、チベット全土において挑戦的に翻った。いわば、抗議者達による「ランゼン」を求める声――すなわち、独立を求める声が、響き渡っているかのように。

チベットの人々がランゼン、すなわち独立を求めているという事実に、疑いの余地はない。その他の要求、すなわち「ダライ・ラマ法王の帰還」を求める希望すらも、それは真の意味において、独立を宣言する行為にほかならない。なぜなら、法王は他の何物にもまして、自由なチベット国家という存在の不朽の象徴だからである。まさしく今、チベット全土にわたって、ウ・ツァン、カム、アムドにおいて、人々は独立の夢、ダライ・ラマ法王のチベットへの帰還という夢を、しっかりと握りしめている――中国による残虐で容赦のない軍事弾圧に直面しながら。

ラサから戻ってきたオーストラリア人ジャーナリストは語る。「私は……街が中国軍の重圧の下で軋みをあげているのを目撃した。」 2008年11月8日付の詳細なレポートで、彼は次のように述べている。「チベットの首都ラサ旧市街の裏通りでは今週、世界の目から隠れて不気味な軍事作戦が展開されている。夜の帳が降りるころ、数百もの中国軍事部隊が暴徒鎮圧用の盾とアサルトライフルを手にして、この反抗精神に満ちた街に散開した。彼らは街角に歩哨を立て、パトロール隊を放った。いかなる抗議の兆しも見逃すまいと、ラサ・チベット人街の通りを夜通し歩き回るのだ。陽が昇っても、兵士達はいなくなるわけではなく、新しい部隊と入れ替わる。そうして昼間のラサの軍の締め付けにおいては、さらにもう一つ、身も凍るような措置が加えられる――この市街で最も神聖な場所であるジョカン寺の屋上に、狙撃手達が配置されるのだ。彼らは、その下の(ジョカン寺の周囲を取り囲む広場である)バルコルにたどり着いた数百ものチベット人巡礼者達に向けて、銃を構えている」

このエッセイは、世界に広がるチベット人に対して、私達の理念「ランゼン」の歴史的、政治的、および倫理的な正当性を今いちど検討してもらうべく促すために、ここに再録している。この理念を胸に、チベット域内にいる私達の兄弟姉妹達は勇敢に立ち向かい、投獄され拷問され、処刑され続けている。そしてこのエッセイは、私達共通の夢を実現するにあたって彼らと一体になるために、私達の担う責任や献身について、再び新たにすることをも意図している。


■ 2006 Introduction
2006年版 序論

人間の歴史には、ごく稀でありながらも決定的な瞬間がある。その時、圧倒的で一見して永久に続きそうな専制状態、その無慈悲な構造の表面に、迫りくる崩壊の最初の小さなひび割れがあらわれる――そして、長い間抑圧されてきた人々の心、虐げられてきた国々の中に、希望のかすかな揺らめきが湧きおこる。ベルリンの壁の崩壊は、東欧や中欧、中央アジアの一部において、そうした時の移り変わりの前触れを告げるものだった。

チベットの人々にとっても、そうした変化はすぐ間近に迫っているのかもしれない。中国の経済成長は、中国社会を分裂させかねないような、膨大で解決しがたい数々の問題や紛争を生み出している。中国固有の官僚腐敗、絶望に駆られた貧しい農民の蜂起、大規模な労働騒擾、苛烈な宗教弾圧、刻々と拡がる経済格差、(黙示録的な規模で拡大しつつある)環境破壊、独立した法廷の不在、そしてほとんど存在すらしない市民社会――こうした要因によって2005年、(中国政府の公式報告によると)8万3000を超えるデモや騒乱、数多くの暴力事件が中国全土に広がった。今年(2006年)もあと4ヶ月を残すところとなったが、そうした社会の騒乱について報告されている数は、すでに10万件以上にのぼっている。

近年、中国共産党指導部のとある上級党員らが、2008年の北京五輪に際して数百、数千もの外国人訪問者や世界の報道陣が押し寄せた時に起こるかもしれない事態について懸念を表明している、と伝えられている。中国情勢のオブザーバー達によると、そうした状況はチベットやウイグルの独立支持活動家達に、また、疎外され抑圧を受けてきた中国人達にも、世界の衆目の前に抗議を展開する格好の機会を与えることになる。

アジアの歴史におけるかくも重大な岐路にあって、チベット人は自らの独立を求める闘いに関わり合うことに対して、躊躇したり弱気になったりしないことが、致命的に重要である。また、チベットの友人達や支援者達、また世界全体においても、チベット人やチベット文明の存続のためにはランゼンが絶対に必要であることを理解していただき、独立した祖国を求めるという主張がいかに著しく道理にかなっており、節度ある正当な要求であるかについて、正しく認識してもらうことが、きわめて肝心だ。

(続く)

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2009年7月12日 渋谷 宮下公園
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# by epea | 2009-07-13 01:49 | Jamyang Norbu

ムスタン

ごぶさたしています。ご連絡いただいていた方、すみません。


ネパールはアンナプルナの裏側、憧れのムスタンの地へ行っていました。
ただし今回はロウワーまで。ローマンタンのあるアッパー地域のパーミットをもらうには、10日間でUS$700も支払わないといけません。

朝陽に照り映えるニルギリ山。
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背中にはトゥクチェにダウラギリ、前はトロンピークにヤッカワ。
何もないところを延々と行きます。前半は晴天に恵まれました。
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標高が高くなってくると、雪になったり。
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真ん中の緑はカグベニ村の麦畑。サキャ派の古いお寺があります。
奥の方に進んでいくと、アッパームスタン。
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……都会に戻ってきたら、軍最高司令官のクビが飛んでいて、飛ばした首相は電撃辞任、暴動で子供が亡くなり、一部地区では戒厳令。目指す地点に行こうとするとコワい顔をしたお兄さんに道を阻まれたりして。マオ派のデモじゃなかったら、私も応援するところだったけど!?
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でもほとんどの街中では、ゆったりした時間が流れていました。
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仏像の額が朱色の粉で染まっていたり、お寺の境内にハヌマーンみたいなお猿が座っていたり……。おもしろいよね。
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こういう雰囲気も、好きだなぁ。
いろんな神さまがいて、いいじゃない。仲良くしようよ。
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# by epea | 2009-05-10 23:51 | 日常雑記

『China's Train, Tibet's Tragedy』 

昨日4/6(月)にチベット亡命政府から発表されたばかりのほかほか新資料より、
一部を抄訳してお伝えします。

亡命政府からのリリースはこちら
■原本はこちら(PDF 5.7M)

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『中国の列車、チベットの悲劇 (China's Train, Tibet's Tragedy)』 

環境に与える影響 (Environmental Implications)

チベット北方高原(Northern-Tibet Plateau/NTP)は中国西方の広大な地域を占める、平均標高4500m、面積250万平方キロの広さを誇る高地。世界の屋根、地球の第三の極として知られ、古代から現代に続く氷河およびアジアを代表する大河の源でもある。この高原の大気は上昇気流に乗り、アジア全域の大気循環、地域の気候(気温、降水型、モンスーン等)に大きな影響を及ぼす。
⇒ 地球温暖化の影響は標高が高まるにつれ大きくなるのだから、チベットの高地は世界的な気候変動に対して特に被害を受けやすいといえる。

■チベット高原に棲息するユニークな動物たち
・チベットアンテロープ(チベットレイヨウ)
・ベンガルトラ
・アカパンダ
・ジャイアントパンダ
・ヒマラヤタール
・ツキノワグマ
・ヒグマ
・ユキヒョウ
・クロクビ鶴
・バーラル(ヒマラヤンブルーシープ)
・チベットガゼル
・野生のヤク
など。
チベット高原は、かつて「高原のセレンゲッティ」とも呼ばれていたのに、今やいずれの動物も、頭数・種類ともに著しく減少の一途をたどっている。

・都市化やインフラ開発の進展とともにこうした野生動物の棲息を支えることのできる環境は失われてきている。
・絶滅危惧種から作られた品物が観光客向けのおみやげとして出回っており、売上げを伸ばしている。環境問題専門家グループは、こうした製品を買わないようにと旅行者に呼びかけている。

■今日、チベット域内において
絶滅に瀕している植物は、40種
絶滅に瀕している動物は、141種

■チベット高原に源流を発する代表的なアジアの河川
・黄河
・長江
・メコン川
・サルウィン川
・ヤルツァンポ川 → ブラマプトラ川 → ガンジス川

これらの河川はアジア全人口の80%(全世界人口の約半分)を潤す水源。
だが、二つの要因により乾燥化が進んでいる。
1. 気候変動
2. 中国東部における水資源需要に振り分ける計画の進行

■中国その他の環境学者の研究によると、地球温暖化がチベットの環境に重大な影響を与えていることに疑いの余地はない。
チベットでは、世界平均の2倍の速さで温暖化が進んでいる。
過去50年間において、北半球の平均よりも、また同じ緯度の他の地域よりも温暖化の規模が大きかった。
チベット高原において、1950年代から1980年代にかけて、10年毎に平均 0.1-0.3℃ で気温が上昇したことが計測されている。

■湖の表面積も減少している。
チベット高原最大の湖・ナムツォ湖では、1970年から1988年にかけて 38.58 平方キロの湖面が縮小している。
すなわち、1年あたり 2.14 平方キロ の消失。

■過去21年間、ラサの気温は一年あたり 0.00623℃上昇してきた。

■草原の減少、氷河の融解にもつながっている。
中国と米国の研究者の調査によると、地球温暖化によってチベット高原における植物種が劇的に減少しかねない。すでに、高原に豊富に存在していた種はある程度失われており、
1991年から2001年にかけて、薬草は年平均で 4.9種、食用の植物は 5.4種も失われている。

■こうした現状に対して、中国の「西部開発戦略(計画?)」に基づく開発がさらに拍車をかけている。
World Wide Fund for Nature (WWF) China によると「開発が、チベット生態系の質に影響を及ぼしている最大の要因」。
主な要因:
・チベットにおける急速な人口増加、道路建設、鉱山開発、放牧の衰退
・森林伐採、焼畑農業、建築、伝統的な農業習慣、お香の製造(古い森林の破壊につながる)
・野生動物の不法な狩猟
・野生生物の保護と畜産の対立(ヒグマや野生のヤクの減少)

■中国政府による方策
チベット高原における気候変動と環境劣化はアジアひいては世界全体に破滅的な影響をもたらすことが明らかになっているにも関わらず、中国政府による方針は環境への影響をほとんど無視した、経済偏重路線が続いている。

・中国鉄道省
「(青蔵鉄道は)周辺の生態環境に破壊的な影響をもたらすだろう」ことを認め、「悪影響を最小に抑える効果的な方策を検討している」と述べた
⇒ 中国政府は、鉄道周辺の環境保護に1億9250万ドルを投資
・野生動物が鉄道を横切って移動する時に通れるような地下道
・永久凍土の溶解を防ぐための特別冷却液
・チベットの環境を汚染しないためのゴミ処理
例)
・2007年7月2日・中華日報(China Daily)による報道
「鉄道省は、7万トン分のゴミや汚水を適切に処理」
・2006年6月17日・ウェブ版人民日報(People's Daily Online)による報道
「青海省-チベット(ゴルムド-ラサ間)を毎週、ゴミ収集のための特別列車が走り、高原の環境を保護」
「環境保護団体グリーン・リバーと鉄道建設関係者らが協力し、5年にわたる鉄道建設計画において環境面への配慮が盛り込まれるよう検討した」

だがこうした努力はあっても、鉄道建設は実際に周辺の環境に影響を与えてきている。

■チベット高原の環境をめぐる証言
・World Wide Fund for Nature (WWF) China 在ラサ・プログラムオフィス長ダワ・ツェリン氏:
「チベット高原の生態系は、きわめて脆弱。いったん破壊されたら、元に戻すのはきわめて難しい。地域開発の必要性を、チベットにおける生物種の多様性(biodiversity)の保護と統合させることが、喫緊の課題」

・チベット高原の社会経済開発に関する研究に従事してきたアムド(青海省)上級研究員 Weng Hengshen氏:
「青蔵鉄道は、開通してから後の方が環境保護に関する大きな課題を生み出す。脆弱な生態系は、回復不可能な破壊を受ける危険に直面するだろう」との懸念を表明

・四川省をベースに活動している環境保護団体グリーン・リバーの設立者・会長 Yang Xin氏:
「(同団体は鉄道建設関係者と協力してきたが)鉄道のレール敷設のための資源調達のために、草地が犠牲になっていることは否定できない。この地域の生態系・種の多様性が失われたら、それが回復される可能性は限りなく小さい。表土や草地がダメージを受けたら、その回復には100年かそれ以上かかるかもしれない」

・中国国家副首相 曾培炎(Zen Peiyan)氏
「1956km に渡る鉄道は建設よりも維持するほうが困難で骨の折れる作業となるだろう。
安全策の改善、よりよいサービス、効率的な移送、そしてよりよい環境保護政策が必要。
高原の擁する広大な地域は地球温暖化や資源開発に対してきわめて脆弱であり、鉄道のもたらす環境の変化は自然の生態系に不可逆なダメージをもたらす可能性がある」

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もしかしたら来週末に使うかもしれない資料の叩き台として、突貫工事で(笑)まとめてみました。たぶんこのままでは使わないので、ここにも載せてしまおう。

元の英文資料はタイトル『China's Train, Tibet's Tragedy』が示すとおり、青蔵鉄道がチベット高原(の主に生態系)にもたらしている影響について、非常に多くの参考資料から記述を引用しながら、わかりやすくとりまとめた環境白書となっています。

驚いたのは、高原全域で進んでいる砂漠化現象によって、青蔵鉄道を支える土壌が土から砂に変わり始めているため、すでに危ない状態に移りつつある橋脚もあるらしいとのこと。 「地球温暖化で永久凍土が緩んできて、危なくなるのでは?」と思っていたのですが、それより早く砂漠化が進行している様子です。

中国政府は、「砂をがっちり固めて橋脚を安定させ、かつ環境にもやさしいケミカルを開発した」と発表しているそうですが……本当に生態系に優しいスーパーテクノロジーであることを、切に祈ります。。
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# by epea | 2009-04-08 03:50 | チベット・中国関連

西蔵ツワン氏、レセプション

金曜夜に依頼されていたことについて、パフォーマンスは自分自身でまったく納得のいかないものとなり、反省している(というほど大仰な役割でもなかったけれど)。直前にいただいた情報を自分の原稿と統合させようと努力したが、不自然な文章になってしまい、淀みなく、というわけにはいかなかった。夕方に職場から直行したので、気持ちもざわついていた。

昨年から見ていてくれたある人が、「いっそ副業にすれば?」とのたまう。結婚式などの司会の相場は、一件あたり2万円程度らしい。事前の打合せに必要な時間もあるし、人様の一生に一度の晴れの舞台で失敗は禁物というプレッシャーはあるものの、週末の半日を費やすアルバイトとしては悪くない。毎週そうして稼いだ分を、自分が心からサポートしたいと思っているNPOに定期的にまわせたら素敵じゃない?! などと野心がいっしゅん頭をもたげ調べてみたところ、現実はそう甘くはなさそうで、実現性のあまりの低さに早々と却下する。

帰り道、西蔵ツワンさんと歩きながら、途中までご一緒させていただく。

ツワンさんは、1960年代、亡命政府より日本に初めて本格的に派遣されたスーパーエリート・選りすぐりのチベット青年団5名の中のお一人。10代前半で日本に降り立ち、そのまま日本で教育を受けて医大を卒業。埼玉医科大学勤務を経て、現在は武蔵台病院院長(下のリンク先記事などで「副院長」となっていますが、現在は院長になられています)。

「『12,3 才で日本に来て、一人でさぞ苦労されたでしょう』とよく言われるのですが、自分自身で振り返ってみて、日本に来てから苦しかったという記憶は全然ないのです。私の引き取られた先は埼玉県の秩父で、当時は本当に何もない田舎でした。親がなくても、街全体が自分を育ててくれたように感じています。昭和40年代で、昔ながらの日本のコミュニティが残っていたのも、よかったのかもしれません」

「また、60年代はまだ希望に満ちた時代で、『さあ、これからチベット人は世界に羽ばたいていくぞ』ということで、私たち5人は亡命政府より希望を託されて、日本にやってきました。アメリカやヨーロッパに派遣されたグループもありました。チベットの人々は希望に満ちた将来を思い描いていて、意欲にあふれていました。そういう時代背景の影響もあったと思います」

(G20でサルコジ大統領が「チベットは中国の一部」と発言したとされる報道について)
「それは、国際社会の中の立場によるものだと思います。フランスという国家の指導者としてはやむをえないものと理解していますし、特にどうということも感じません」

(2月に設立されたチベット・中国友好協会で、会長に就任された件について)
「今のチベットの状況は、中国の一般の人々にわかっていただかなければ、どうにもならないと考えます。この50年間、チベット難民だけでなく中国の人々も大勢が亡くなっています。私は、中国の人々もまた、被害者だと思っています。100%チベットが正しい、と言うつもりもありません、チベットにも問題はあるのです。チベット問題を解決するには、中国政府に迫害されている周辺の他の民族の人々と協力し合っていくことが必要でしょうし、何よりも中国の『民』の力が必要です。中国の人々と協力していきたいと願っています」

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ツワンさんの生い立ちについては、こちら。いいインタビューですので、ぜひご覧ください。
『風の馬』チベット・コラム 第1回: チベット人の魂は抑圧できない

「……映画の登場人物の中で、個人的には中国指導部に一番同情しました。彼らは今起きている事に気づいてない。いずれ全てを精算する時がやってきます。今の状況では、チベット人にとって失うものはもう何も無く、闘うしかありません。闘うという事は決して暴力ではなく、仏教の慈悲の心を持ちひたすら耐える事です。チベット仏教の哲学は耐える事、憐れむ事、それが根底です。時間はかかるかもしれませんが、いつか中国が民主化し、今まで行った事が全て浮き上がれば、今度は彼らが裁判にかけられます。その事実を今の中国指導部は知っておかなければいけません。……」

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お話を伺いながら、お写真と一緒にブログに掲載してもいいですか? とお許しをいただいていたのに、最後は慌しくなってしまい、撮らせていただくのを忘れてしまった。実際にお目にかかった雰囲気は、こちらのポートレートに近い感じ。静かで落ち着いた知的な物腰、その穏やかな底に湛えられた凄みのような気配がじわっと滲み出てくる、といったような。たいへん素敵な方でした。
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# by epea | 2009-04-05 01:31 | チベット・中国関連

『中国貧困絶望工場』 アレクサンドラ・ハーニー氏講演会 (2)

(昨日の続き)

■現在、中国の輸出量は激減。
昨年秋以降、6万以上の工場が閉鎖され、1100万人の出稼ぎ労働者が失職している。

■今後の中国製造業のゆくえ
厳しい状況ながら、不況が逆に中国の力を高めている兆しがある。

1. 不当な受注の拒否 (不当に安いと思われる海外からの要求にはNoという)
2. 工場の移転 (コストの高い沿岸部 → 内陸の農村部へ)
⇒ 貧しい農村部の発展につながる

★China Price は、現在の「沿岸China Price」からさらに安価な「内陸China Price」へと、変化し始めている。
★したがって、China Price は値上がりしない。中国は今までと変わらぬ競争力を維持し、「世界の工場」であり続ける。
★さらに、価格以外の付加価値を備えた「China Price」の実現を目指している。


【Q&A より】
Q. リーマンショック以降の中国は?
A. (ハーニー氏は毎週のように中国南部を取材)
工場の閉鎖も失業者も増えているのは事実だが、出稼ぎ労働者の中には「これからよくなる」と、ポジティブな考え方の人々が多い。今回の金融危機については世界的な規模の出来事であるとの認識が浸透しており、中国政府を責める機運はない。
「今までも、生活はよくなってきた。これからも、よくなっていくしかない」といったような、将来への信頼感が強い。また、海外で学ぶ人々も増えてきている。

Q. 中国はマクロ的に4兆円の景気対策を発表しているが、製造業には影響があるのか。
A. 「あまり意味がない」という声もあるが、(ハーニー氏としては)インフラへの公共投資で田舎への道路が整備されれば、沿岸部→内陸部への工場の移転も早まる。中国にはまず何よりも道路整備の必要な村々や地域がたくさんあるため、全国的な道路建設が国家レベルの景気対策に後押しされるのであれば、地方は助かるはず。
とにかく中国の田舎には、都市生活とは隔絶した世界がある。
中国に旅行に行く人は、ぜひ田舎に行ってほしい。非常に勉強になるので。

Q. 貧富の差が中国社会に与える影響は?
A. (ハーニー氏自身の取材に基づいていえば)
田舎に住む人々のほぼ100%には、問題意識はなく、怒りもない。まったくない。
深圳(しんせん)や広州といった都市においては、人々の間にある程度の怒りや不満が感じられる。
だが、社会全体に影響を及ぼすほどの規模ではない。


(以上)
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(感想)
聞いていて衝撃だったのは、Q&A最後の部分、つまり「貧困層とされている人々も、基本的には政府に対してほとんど怒っていない」という発言でした。昨年来、人権関係の報道を見ていると、中国でも「08憲章」やら、昨年終盤に中国全域に物凄い勢いで広がっていた学校教員のストやら、「中国の民衆もいよいよ怒り始めた?」と感じられるニュースが増えてきていると思われたのですが……。

ただし、ここ数年間現地取材に入っているというハーニーさんも、中国南部を中心にカバーしているそうなので、全体を見ようとしたら、チベットを始めマイノリティ民族の住む周縁地域の事情も含めて、また異なった状況の推移があるのでしょう。といいますか、一度で全体を見て、ひとくくりに総括するなんてきっと、不可能なのですね。

「貧しい農村地域から出てきた人々は、何よりも経済的に豊かになることを求めて猛烈に働き、健康を犠牲にすることなど厭わない」といった話を聞いていると、中国政府のプロパガンダで頻繁に使われている「共産党政府はチベット経済を飛躍的に成長させた、それなのに何が不満なのか?」といった発言の背景が伺えるような気がしました。こうした物言いが当局にとっては、自国民(漢民族)に対してチベット支配の正当性を主張するにあたって有効なロジックとして機能するであろうことは、想像に難くないと感じられます。(先月ジャムヤン氏のブログに掲載されたツェリン・シャキャ氏のエッセイの内容が想起されます。)

また、「道路建設を切望し、なんとか自分の村にも舗装道路を通したい人々」の視点からは、「チベットには政府によって道路も鉄道も通してもらい、飛躍的にインフラ整備を進めてもらっておきながら、人々はいったい何が不満なのか?」という反応が出てくるのも、自然な流れといえるでしょう。中国全土の「素朴な村の人々」にとっては、チベット(ラサ)のインフラ整備はその社会基盤を、流入してくる人々にとってのみ有利な構造に組み替えてしまい、本来の地元の人々の生活が破壊されてしまったという実態について、知る由もないからです。
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# by epea | 2009-04-04 01:58 | チベット・中国関連

『中国貧困絶望工場』 アレクサンドラ・ハーニー氏講演会 (1)

2009/3/31 (火)夜に行われた講演会のメモです。
元ファイナンシャル・タイムス紙記者として東京支局に勤めていたハーニーさんは妙齢のアメリカ人女性で、日本語が超ペラペラ。「講演は日本語で行われます」と告知されていたけれど、本当に演者が日本語で話すとは思っていなかった(通訳がつくのかと思っていた)、しかもごく自然なイントネーションでお話しになるので、驚きました。
日本駐在の後、2003年以降は杭州に赴任して、中国南部を担当。よって、中国語もペラペラだそうです。
現在はFTを辞めて、香港を拠点にフリーで活躍なさっています。
中国の製造業界、労働問題を長年取材した成果が『The China Price』(『中国貧困絶望工場』の原書名)。

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『中国貧困絶望工場』の著者、アレクサンドラ・ハーニー氏講演会

■日本経済と中国経済は、もはや切り離して語れない

■「環境問題・労働問題・食の安全」への理解が重要

■China Price とは、2004年にビジネスウィーク誌が使い始めた言葉。
中国の価格競争力は、規模において絶大で世界に莫大な影響を与えているという点で、過去に輸出で発展を遂げて「脅威」と言われた各国事例と比べてもユニーク。

■なぜ China Cost は、かくも安いのか?
安い賃金のみではない、中国の競争力を支える3つの要因:
1. 労働/環境関連法の機能不全
2. 旺盛な勤労意欲(個人が豊かになることを強く希望し、健康が壊れても働く)
3. (日本を含む)世界各国の企業による、中国企業への強い圧力

・中国の労働法はアメリカの同法と比べて労働条件がはるかに厳しい内容だが、遵法性は低い。中国の工場の8割は法を守っていない。
ただし、これは工場主側の都合だけでなく、出稼ぎ労働者側の希望でもある。
(少しでも多く稼ぎたいため、あえて勤務時間の最も長い工場での勤務を希望する人々が多い)
⇒ 表向きの「視察用のモデル工場/展示用工場/5つ星工場」と、
  決して視察されない「黒い工場/影の工場」がある。
  生産性は、当然ながら「黒い工場」の方が20~30%は高い。

 今天工作不努力   (今日、一生懸命働かなければ)
 明天努力伐工作   (明日、一生懸命仕事を探さなければならなくなる)
      (↑ 5文字目、本当は「手偏にバツ」の字)

こうした工場の蔓延している背景には、原価抑制を求める諸外国からの圧力がある。

■2つの重要な変化
1. 出稼ぎ労働者の意識の変化
2. 中国政府政策の変化

・現在の出稼ぎ労働者の中心層には10代~20代が増えている。
彼らは、貧しい内陸部の農村を出て沿岸部に出稼ぎに出てきた第一世代の子供世代、いわば出稼ぎ第二世代。一人っ子政策施行後の世代でもあり、親から大切に育てられている。

・政府はこのところ、労働関連法の制定に力を入れている。
だが、実際に工場視察を行う検査官の人数が圧倒的に不足しているなど、執行面でまだまだ不十分。

・政府が法案への取組みを重視し始めている時流に伴い、工場長の意識にも変化が見られる。
「China Price だけではダメ。付加価値をつけたい」
「OEMより脱却し、自社ブランドを設立したい」

(続く)
**************************
参考: 「中国の問題は、中国だけの問題ではない」
インタビュー by NB(日経ビジネス)オンライン
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# by epea | 2009-04-03 01:18 | チベット・中国関連

あと24時間:Students for Free Tibet (SFT)インドを助けて!

ご無沙汰していてすみません、とりいそぎお願いです。

Students for Free Tibet インドを助けてあげてください!
彼らは今、「募金収集コンテスト」に出ています。
これはちょっと変わった企画で、団体として出場して、
「3月31日(現地時間)までに、『募金人数』が一番になると、賞金1万ドルがもらえる」
(『金額』ではなく『人数』というところがミソ)
つまり、なるべく多い支持者を集めた団体が賞金をゲットする、という仕組みみたい。
応援したい人は、10ドルからの募金で、投票に参加できます。

で、そのサイトというのは⇒ Razoo トップページ:ここを見れば、どういうコンテストかだいたいわかる。
SFTインドは今、5位。3位までに入って賞金を得るには、あと90名ぐらいのヘルプが欲しい!
SFT India
SFTインドはたった4人で切り盛りしている超貧しいグループだけど、賞金1万ドルがあれば来年度の活動予算ができる(涙)・・・のだそうな。
(知らなかったよ!! お膝元ダラムサラのインドで、SFTがそんなに小さい組織で苦労していたなんて!)

募金は、Facebookのアカウントと連動させる方式だと簡単にできました。
最初からの登録だと、自分の名前の入力などでちょっとだけ手間がかかるみたいですが、募金自体はクレジットカードでできて簡単。
締切りまであと24時間足らず・・・ぜひぜひ助けてあげて!

詳しくは、SFT Japanの説明を見てくね!
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# by epea | 2009-03-31 12:42 | チベット・中国関連