超レア・超ホット! 『戒厳令下 リタン潜入記』 by 西条五郎氏

先ごろ、カンゼのリタンに潜入したという日本人ジャーナリスト・西条 五郎氏のレポートが、ライブドア・ニュースに出ています。ちょうど3月10日から約一週間、超・厳戒態勢の敷かれていた時期に、よく入れたものです。あっぱれ!!

3月10日前後以降から数日間は特に、ジャーナリストというよりも外国人そのものが徹頭徹尾、追い出されていた様子。チベット自治区にたどり着く以前に、四川省に入ること自体が難しかったそうです。

先週ごろまで、日本でも各紙に記者が「追い払われた」顛末などの記事が掲載されていましたが、実際、検問はごまかせても、公安による夜中のホテル見回りでしらみつぶしにチェックされて弾き出された場合が多かったとか。あの「のんびりと暮らせる街」成都ですら、チベット人街付近は厳戒態勢だったらしい。

“暴動”に備え、緊張高まる中国・成都
中国・成都で警官隊に取り囲まれた!

その後、西条氏は幾つもの幸運に恵まれて、リタンへ。
事実上の戒厳令下、公安の見回りを逃れるために、ホテルから協力者の個人宅へ、転々とする筆者。
見つかったら自分が国外追放になるのはともかく、案内し、かくまってくれた漢人やチベット人の命が危ない。手に汗握る緊迫感です……ぜひ、ご一読のほど。

四川省のチベット自治州は外人出禁=チベット潜伏記(1) から、今のところ(9)まで。 
【つづく】となっているので、まだ続きがある?


……実はepea、中国にいる西条氏から何度か電話いただいていたのですが、タイミングが合わず出れなかったのでした。こ、こんな大変な状態からかけてもらっていたとは……(怒涛の滝汗) 肝心な時にご協力できず、すみませんでした。
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# by epea | 2009-03-27 03:18 | チベット・中国関連

ラギャ僧院蜂起

(原則、ここではニュースを速報的に追うことはしませんが、数時間前に出たパユルの記事が多少わかりにくいので少しだけ。)

昨日、ラギャ僧院の僧侶タシ・サンポ(28歳)が取調べの途中で中国警察の監視を抜け出し、川に身を投げたというニュースが出ていました。その続報で、この若い僧侶の死をきっかけに、この地域の人々約2000名が抗議行動に立ち上がり、また100名近いラギャ僧院僧侶が逮捕拘束されているとのこと。
AP
BBC
AFP

そして、パユルに出ているのがこちら。
"Thousands protest in Ragya, monastery prefect among 5 arrested"
この冒頭に、「ラギャ僧院で、パルデン・ギャツォを含む5人の高官(僧院長クラス?)僧侶が中国当局によって逮捕された」とある。
Dharamsala March 22 – Monastery prefect (Tib:Gekoe) of Ragya monastery, Palden Gyatso, and 4 others have been arrested today by Chinese authorities, sources said.

この「パルデン・ギャツォ」さんは、『雪の下の炎』のパルデン師とは同姓同名の別人であろうと思われます……『雪の下…』のパルデン師がこの地域に入っているはずがないので。

いずれにせよ、大規模な蜂起のニュース、続報が気になります。
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# by epea | 2009-03-22 23:39 | チベット・中国関連

緊急アクション: ジグメ僧侶再逮捕 ⇒ ハガキで釈放を!!

訂正:
当初、ささ監督の呼びかけていたジグメ僧侶は「ジグメ・グリ」さんで、『ジグデル』製作者の「ゴロ・ジグメ」さんとは別の「ジグメさん」でした。お詫びして訂正いたします。

「ラプラン僧院の僧侶」で、「一度逮捕・釈放されて、最近再び拘束された」「ジグメ僧侶」
ということで、同じ人物かと……たいへん失礼いたしました。

また、最後の段落の日本語の濁点が化けていたのも修正しました。


***************************
TCHRD(チベット人権民主化センター)の発表によると、ラプラン僧院の僧侶であり、映画『ジグデル』の製作者でもあるゴロ・ジグメさんが、中国当局によって再び理由もなく逮捕されました。

SFT JapanのWebサイト

また、
上記のジグメさんとは別の、「ラプラン僧院のジグメ・グリ僧侶」も最近、再び当局によって逮捕拘束されており、安否が気遣われています。
映画『雪の下の炎』の監督ささ・まことさんがさっそく、ジグメ・グリ僧侶による証言の動画と詳しい翻訳をアップして、アクションを呼びかけています。
アムドはラブラン寺のジグメ・グリのこと
アムドはラブラン寺のジグメ・グリのこと 2


*パルデン・ギャツォを釈放するキャンペーンとしてもとても有効だった、アムネスティーのハガキ書きキャンペーン、今実施しています。空欄に

"Please release Ven. Jigme Guri from Labrang Monastery in Gangsu immediately.
We are gravely concerned about his safety."

と書いて出しましょう!

チベットアクション:署名ハガキを送ろう!
by アムネスティ日本
↑こちらのリンク先でPDFの雛形をダウンロードできますが、飛べなかった場合は下記を参照のうえ、ハガキを書いてください。(NYにいるささ・まこと監督が書いてくださいました。ありがとうございます!)

*************************************
ハガキの表:

中国 100016
北京市 国家主席
胡錦濤 主席 收
CHINA

あと、自分の名前と住所を書いて、70円切手を貼ってください。

ハガキの裏:

Date(日付)
Dear President,
I am writing to express my grave concern about the on-going crisis
in Tibet. According to the official Lhasa Evening News, a Strike
Hard Unified Checking Campaign, launched on 18 January in the
region's capital, includes "investigative raids" to residential areas,
rented rooms, hotels, guesthouses, internet cafes and bars. By 24
January, police had detained 81 suspects, including two for having
"reactionary opinions and reactionary songs on their mobile
phones". I therefore call on Chinese authorities to release those
detained for peacefully exercising their freedom of expression,
association and assembly. Journalists should also be allowed full
and unimpeded access to Tibet and surrounding areas. Additionally
the Chinese authorities should as a matter of urgency account for
all those who have been killed, injured or gone missing, and for all
those detained, including their names, whereabouts, and any
charges against them.
Please release all the political prisoners including Ven. Jigme Guri
from Labrang Monastery in Gangsu immediately.
We are gravely concerned about his safety.

Respectfully Yours,


(以下、さささんの作ってくださった日本語訳。ハガキにかくのは上記の英語だけでOK)
チベットで現在も続いている危機的状況について深く憂慮しています。
官製新聞のラサ・イブニング・ニュースによれば、1月18日に首都ラサ
で「厳打統一点検キャンぺーン」が開始されました。このキャンぺーン
により、居住地域やアパート、ホテル、ゲストハウス、インターネット
カフェ、バーへの「強制捜査」が実施され、1月24日までに、警察は容
疑者81人を拘束し、そのうちの2人は「携帯電話内に反動的な意見や歌
を有していた」という容疑であったとのことです。それゆえ私は、自ら
の権利を平和的に行使しただけで拘禁されたすべての人びとを速やかに
釈放するよう貴政府に要請します。また、ジャーナリストが障害なく現
地に入り取材が出来るようにすべきです。そして、貴国当局が緊急に対
応すべき課題は、殺害、負傷、行方不明になっているすべての人々の名
前、所在、彼らに対する容疑について詳細を明らかにすることです。
また、甘粛省のラブラン僧院の僧、ジグメ・グリを含む全ての政治囚を
今すぐ釈放してください。
私たちは彼の安全をとても心配しています。

Signature(署名)
********************************************
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# by epea | 2009-03-20 11:07 | チベット・中国関連

ICT: G20に向けた緊急アクション

ロンドンの若松さんより緊急アクションのお願いが回ってきたので、掲載します。
ICT(International Tibet Support Network)による提案で、「G20でチベット問題を意識してもらうため、会議主催の英首相および日本の首相に要望書を送ろう」というものです。

4月2日と日程は迫っていますが、一般の声を伝えるのは意義あることだと思います。
趣旨に賛同できる方は、ほんの一手間ですので、ふるってご参加ください。


********(以下 Mixi スレッドより転載)********************
【緊急アクションのお願い】

皆様にお願いがあります。

来る4月2日に、G20サミットロンドン会議が開催されます。
その各国首相が集まるタイミングにおいて、英国首相であるゴードン・ブラウン氏に向けて、チベット問題に関する要望書を日本から送るアクションにご協力していただきたいというものになります。

このアクションは、世界のチベット支援団体200あまりを総括するインターナショナル・チベット・サポート・ネットワークの要請によるものです。(下記リンク参照)
http://www.tibetnetwork.org/urgent-action1

日本からはTSNJが代表という形で要請書を送ることになっておりますが、一般のチベット支援者の方々からも個別に要請書をがんがん送ってもらいたいとのことです。期間は短いですが、日本の支援者の方々のご協力を是非ともお願いします。

皆さんのご支援よろしくおねがい申し上げます!

1. 【アクション1】中国国家主席への要請

下記のURLから、中国国家主席胡錦濤に直接eメールを送れます。英文の要請書がデフォルトで書かれていますので、各自署名して送信するだけです。
http://org2.democracyinaction.org/o/5380/t/5114/p/dia/action/public/?action_KEY=313


2. 【アクション2】ブラウン首相への要請
下記、URLよりブラウン首相への要請書がダウンロードできますので、要請書をファックスします。(手紙だと間に合いませんので)

<ブラウン首相にG20でチベット問題について言及するよう求める要請書(英文)>
http://www.tibetnetwork.org/sites/default/files/Gordon%20Brown%20G20.doc

※当たり前ですが、ブラウン氏はイギリス人だから英語になっております。

<ブラウン首相へのFAX番号>
+ 44 20 7925 0918

<要請書の和文訳>

ゴードンブラウン首相

4月2日のG20サミットにて、中国国家主席胡錦濤に対してチベットの深刻な現状に対して言及していただきたく手紙を差し上げます。
ご存知のように、チベットは現在、動乱の鎮圧を試みる中国により、事実上戒厳令下にあります。
そのような警備の強化にあっても、1月以降少なくとも8回の抗議行動が行われていることは、チベットの人々の深い不満を克明に表した行為であり、驚きに値することではありません。その不満はチベットの置かれている現状はもちろん、中国の60年間にも及ぶチベット支配の中でダライラマの平和的解決に対する努力に対して前向きに反応してこなかったことが大きな要因です。
チベットのすべての世代のチベット人がダライラマを亡命に追い込んだ日の50年目の記念日として追悼の意を称している、不安定な時期に、中国の党局は昨年起こった抗議行動から何も学ぶことなく取り締まりを強化しているのです。
私たちが昨年目撃した虐殺を防ぐためには、国際社会の迅速かつ一致団結した行動が必要不可欠です。よって以下の点を多国間協議のもとで、または個々の国からとして訴えることをお願いします。

*G20にて多国間、または一国から胡錦濤に対してダライラマまたはその特使団と会見しチベット問題の解決に向けた真剣な話し合いがなされるよう強く関与する。
*G20にて、胡錦濤から直に 中国政府による武器を持たない民間人に対する破壊武器の使用を含む、行き過ぎた武力行使の中止する保証を取り付ける
* 昨年3月の一連のチベット地域における騒乱に関して、国連拷問禁止委員会による完全で独立した調査を受け入れるよう、中国政府に対して要請。(2008年11月拷問禁止委員会ジュネーブでの中国代表団への最終勧告)

首相はG20サミットの開催国首相として、リーダーシップを発揮し、サミット参加国の首脳陣に働きかけ、以上のお願いを実行に移すことのできるまれな機会にあります。
昨年10月に出されたイギリス外務大臣の声明で以下のように詠われた、チベットに対する新たなる責任の精神を実行していただきたくお願いします。
“No government which is committed to promoting international respect for human rights can remain silent on the issue of Tibet, or disinterested in a solution to its problems….Britain has been clear under this Government about our commitment to the people of Tibet. We remain deeply concerned about the human rights situation there.”
『世界の人権を尊重する国家という国家は、チベット問題に関して黙秘、または問題解決について無関心ではいられない。イギリスは現政府の名に置いて、これまでにもチベットの人々に対する義務を明確に示して来た。(チベットにおける)人権状況に対してこれまでと変わらず深く憂慮するものである。』

敬具



3. 【アクション3】麻生首相に要請

下記の雛形文を使っていただき、麻生首相へ向けて要請書をeメールまたはFAXしてください。

~ここから~

麻生内閣総理大臣殿

4月2日のG20サミットにて、中国国家主席胡錦涛に対して、チベットの深刻な現状に対して言及していただきたく手紙を差し上げます。

ご存知のように、チベットは現在、動乱の鎮圧を試みる中国により、事実上戒厳令下にあります。
そのような警備の強化にあっても、1月以降少なくとも8回の抗議行動が行われていることは、チベットの人々の深い不満を克明に表した行為であり、驚きに値することではありません。その不満はチベットの置かれている現状はもちろん、中国の60年間にも及ぶチベット支配の中でダライラマの平和的解決に対する努力に対して前向きに反応してこなかったことが大きな要因です。

チベットのすべての世代のチベット人がダライラマを亡命に追い込んだ日の50年目の記念日として追悼の意を称している、不安定な時期に、中国の党局は昨年起こった抗議行動から何も学ぶことなく取り締まりを強化しているのです。

私たちが昨年目撃した虐殺を防ぐためには、国際社会の迅速かつ一致団結した行動が必要不可欠です。よって以下の点を多国間協議のもとで、日本国として訴えることをお願いします。

*G20にて多国間、または一国から胡錦濤に対してダライラマまたはその特使団と会見しチベット問題の解決に向けた真剣な話し合いがなされるよう強く関与する。

*G20にて、胡錦濤から直に 中国政府による武器を持たない民間人に対する破壊武器の使用を含む、行き過ぎた武力行使の中止する保証を取り付ける

* 昨年3月の一連のチベット地域における騒乱に関して、国連拷問禁止委員会による完全で独立した調査を受け入れるよう、中国政府に対して要請。(2008年11月拷問禁止委員会ジュネーブでの中国代表団への最終勧告)

首相におきましては、G20サミットの参加国首相として、リーダーシップを発揮し、サミット参加国の首脳陣に働きかけ、上記項目を実行に移すことを中国政府に強く要請していだきたくお願い申し上げます。

敬具

(日付と自分の名前を書く)

~ここまで~

<首相官邸 FAX番号>
0 3 - 3 5 8 1 - 3 8 8 3

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# by epea | 2009-03-19 23:29 | チベット・中国関連

『三月の風』 (1)

今年は、チベットで大規模な蜂起が広がり、またダライ・ラマ法王がインドへ逃れた1959年3月からちょうど50年目、ということで、注目が集まっています。

ただし、ジャムヤン・ノルブ氏によると、カム地方では3年前の1956年の時点ですでに一連の大規模な蜂起が起きていて、それが1959年にいたる抵抗運動として連なっているそうです。ジャムヤン氏は、これをGreat Khampa Uprising(カンパ大蜂起)と呼び、ご自身の記事でこれまでも度々、言及してきています。

今月上旬に掲載されたエッセイでは、この抵抗運動について、冒頭部分で同じく1956年に起きて世界の耳目を集めたハンガリー革命(ソビエト連邦による占領に対する抵抗運動)と対比させてから、カム蜂起の英雄たちのエピソードを紹介しています。○○英雄伝という感じでなかなか面白いので、こちらでも少しずつ翻訳してみたいと思います。
(例によってけっこう長い記事なので、少しずつゆっくり、やらせていただきます・笑)


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March 6th, 2009
MARCH WINDS by Jamyang Norbu


REMEMBERING THE GREAT UPRISING OF ‘56 AND ‘59

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2006年には、ソ連による占領に抵抗するハンガリー革命50周年記念ということで、ハンガリーでは国中をあげて記念式典などが執り行われたが、首都ブタペストでは反政府抗議活動によって幾分か損なわれていたようだ。いずれにせよ世界中のマスメディアがこの50周年記念を報道し、1956年のハンガリー革命に関してこぞってとりあげた。
(訳注・写真は、「1956年・今年の人」としてハンガリー革命における自由の闘士達をとりあげたTIME誌の表紙)

同じ年、東チベットでははるかに大規模で流血の犠牲の多い蜂起が、全体主義的で巨大な共産党集団、Red Chinaに対して繰り広げられていた。だがこちらの50周年に関しては、残念ながら世界から見過ごされてしまっていたが、ダライ・ラマ法王や亡命政府もあえて取り上げない姿勢だったことを考慮すれば、これは無理もないことだった。


ギャトツァン・ワンドゥ Gyatotsang Wangdu
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ハンガリー革命は19日間続いた。自由を求める2500人の闘士が殺され、約13000人が負傷した。一方、カム地方の蜂起は1956年2月に始まり、少なくともチベット域内では1962年まで続いた。収束したといえるのは、1974年8月、抵抗運動最後のリーダーだったギャトツァン・ワンドゥがネパール前線のムスタンにあったゲリラ基地で奇襲に遭い、殺された時だったといえる。この闘い全体において何人が亡くなったのか、正確にわかっている者は誰もいない。控え目に見積もっても、チベット側だけで50万人は下らないと思われる。こうした事実や数字は、ハンガリーで起きたことと比較するために引き合いに出されることもなかった。なぜなら統計だけでは、ハンガリーにおいてもチベットにおいても、自由を求めて闘った者たちの実際に持ち併せていた勇気や犠牲を測り知ることはできないからだ。ここでとりあげたいのはむしろ、チベット革命が当初から奇妙にも無視され続けてきたこと、特にチベットの闘いによってもっとも恩恵を受けた人々からも見過ごされてきたことである。

カムすなわち東チベットの人々は、共産党当局が「民主的改革」――僧院や部族の指導者達を排除し、伝統的な社会制度を撲滅させてしまうプログラムを導入し始めた時に、中国による占領に対抗して立ち上がった。このプログラムは、タムジンと呼ばれた闘争、公衆の面前での屈辱、殴打、拷問、強制告白、投獄、そしてしばしば処刑も含んでいた。自殺は、「民主的改革」が宣言された地域において広まった。


ユンル・ポン・ソナム・ワンギャル Yunru Pon Sonam Wangyal
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亡命のフォークロアにおける原型的な起源ともいえる事柄の数々については、1956年のリタンでの蜂起がその源として取り上げられることが多かったといえる。私自身も『ユンル(YUNRU)』という劇を作ることで(1981年チベット舞台芸術院・TIPAで初上演)、この流れに少しばかり貢献してきた。

リタン抵抗運動の最高指導者だったユンル・ポンは、非常に若くて謎めいた人格だったというだけでなく、その戦死は英雄伝記映画の恰好の題材になるたぐいのものだ。彼と他のリタンワ族長達や戦士達は、度重なる中国歩兵部隊の攻撃、迫撃砲による爆撃、成都にある基地から飛来する航空機からの爆撃などから、偉大なるリタン僧院(ダライ・ラマ3世が建立)を守り抜いた。弾薬が尽きた時、ユンル・ポンは降伏したと見せかけて中国の司令官に近づき、隠し持った銃で彼を撃ち殺した……最も劇的に、中国兵達によって射殺される前に。一人の証人、ロト・プンツォクは、1959年の国際法律家委員会において、500人の中国人兵士がユンル・ポンに向けて銃撃した、と証言している。

それより以前、1952/54年東チベットのギャルタン(リタンの南)では、ワンチュク・テンパまたの名をアク・レマーに率いられて、暴力的な反乱が引き起こされた。また北東チベット(アムド)のホルムカとナングラでは、ポン・チョヘとポン・ワンチェンによる反乱がおきている。アムドでの闘いを生き延びた証人リンジンによると、「あまりに多くの人々が殺され、自殺し、大勢がラサへと逃げ去ったため、後に残っていたのは少数の盲目や不具の人々、愚か者や子供たちだけだった」

しかしながら、1956年のカンパ蜂起こそが私達の偉大な国家レベルでの革命の始まりとして捉えられるべきと考える。なぜなら、それらは孤立した出来事ではなく、多くの地方・地域や部族を巻き込んだ動きだったからだ。驚くべきことに、一連の蜂起はきわめて広範に連携していた。ある情報筋によれば、リタン、チャトレン、バタン、リンカシ、ニャロン、ギャルタン、ギャロン、ホルコ、ガバ、その他の地域の間で、お互いに連絡を取り合い、蜂起のための共通の日を取り決めたという。それは、1956年のチベット暦新年から18日目に設定された。

(to be continued...)
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# by epea | 2009-03-19 07:52 | Jamyang Norbu

笑わせないでください

昨日の午後、一番笑ったニュースね。

ロイター通信: "Case packed with TNT found in Tibet capital: report"
Wed Mar 18, 2009 12:20am EDT
By Chris Buckley

人民武装警察ニュース(The People's Armed Police News)によると、連中は
「ある初春の日」、ラサ駅をパトロール中にTNT火薬の詰まったピンクのスーツケースを見つけたらしい。

……ふぅ~ん。
少し前にも書いたけど、しばらく前からチベットの街中では、こんなにこんなにこんなにこーんなにしっかり見張っているのに、いったい犯人はどこからどうやって忍び込んだんですかね? しかも、中国様が国家の威信と膨大な金を注ぎ込んで建造した、あの青蔵鉄道・ピッカピカのラサ駅に、ですよ?!? これもし本当だったら、中国警察、異様に無能ってことですよ。しかも監視カメラばりばりに設置してあるんだから、置いていった人なんてすぐにわかりますよね??

その人民武装警察ニュースとやらによると、スーツケースは『TNT火薬でパンパン』だったが、『ロボットによってたった14分で安全裡に解体し、流血事件を防いだ』のだそうな。

ちなみに、チベット自治区の地域政府広報担当者にこの話を電話で問い合わせたら、思いっきり否定された、とロイターの記者は書いている。

スーツケースの大きさは、不明。
中国側がいつ見つけたのかも、不明。

……これねぇ、ロイターの記者の人も相当頭にきてますよ。ジャーナリズムをなめきっとるんか、ワレェ。 いつの話か? ただ、『one day in early spring』とあるだけ。……『あるうららかな春の日』ってなにそれどういうことよ、そんなの2月から3月にかけて、いつだってありうるじゃねーか!? とでも言いたげに、『one day in early spring』のフレーズを引用マーク付きで繰り返し書いている。こんなもう、もろに当局の自作自演っていう電波満載のネタを流してどーするの、人民武装警察さんよ。

この調子だと、↓ こちらの話もけっきょく、中国当局側の捏造なんじゃない? と思えてくる。

「チベット自治州の地元政府建物で爆発、中国・四川省」

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# by epea | 2009-03-19 01:27 | チベット・中国関連

カリフォルニア州議会決議案、通らず

先日ご紹介したカリフォルニア州の「3月10日記念日制定」決議案、民主党派が推していたようですが、残念ながら通らなかったみたいですね。

否決されたのではなく、「議事運営委員会(Rules Committee)に差し戻し」、つまり議会での最終判断を回避するかたちになった模様です。

"Calif. Assembly sidetracks Tibet resolution"
By STEVE LAWRENCE Associated Press Writer
Posted: 03/16/2009 06:08:44 PM PDT
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# by epea | 2009-03-18 12:57 | チベット・中国関連

3月17日に生まれて

今週から、東京はかなり暖かくなりました。
ええっ? もう桜がこんなに開いて? と驚いて近づいたら、木蓮の花だったのでした。
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今日のボストン・グローブ紙では、1959年3月17日に生まれ、その後もこの日に人生の節目を迎えているチベット人男性の話が紹介されています。
このまま映画の主人公になれそうな……
いえ、そこらへんのフィクションの主人公より、波乱万丈。もっとも、チベットにはそういう方々が多そうですね。

最近のラサの様子についても、少し触れられています。

************************************************
Boston Globe紙
"Dalai Lama and a man's passion for Tibet"
By Lobsang Sangay
March 17, 2009

50年前の今日、俗人の服をまとったダライ・ラマ法王は、ラサ郊外の夏の離宮をこっそり抜け出して、中国軍の監視の下から脱出した。同じ日、そのすぐ近くの家でルティン・ナムギャルは生まれた。だがその誕生の喜びに浸るどころか、両親は気がかりでならなかった。果たして息子は、中国の紅軍がもたらした暴力の渦を生き延びることができるだろうか。

今日、マサチューセッツ州メッドフォードに住んでいるナムギャルは、この5月2日にボストンへの訪問を予定している法王に会える日を、心待ちにしている。

ナムギャルは自分自身を、祖国で大いに敬愛されている指導者が8万人のチベット人を引き連れてインドへ逃亡しなければならなかった日に生まれた、不運な魂と感じてきた。1950年以降、中国軍による最初の侵攻を受けてから、チベットの人々は抑圧的な体制下で生きることを余儀なくされてきた。その間、数十万ものチベット人が亡くなり、数千をはるかに超える人々が投獄されてきた。

毎年誕生日を迎えるごとに、ナムギャルは、かつて独立国であった自国の闘いについて想いを巡らせる。3月17日が巡ってくるたびに、チベットの自由を求める闘いに対する自分の内なる情熱を新たにするのだ。

若い頃、ナムギャルは中国の大学で学び、その後、現在はチベット自治区と呼ばれている政府の一員として働いた。十分な給与をもらい、彼と妻はラサで中・上流の暮らしを送っていた。けれどもナムギャルは密かに、チベットの自由を求める地下組織の闘いに加わっていた。政治的囚人や人権侵害の情報を収集し、外の世界へ流出させていた。かなりの危険を伴いながらも、彼はチベットに密かに持ち込まれた亡命政治活動家達に関するビデオ上映なども行っていた。

また友人とともに、政治のポスターを公の場所の壁に貼って回ったり、チベット人の目にふれるように、中国当局の監視をかいくぐって回覧できるようにと、仏教寺院の石の下にビラを置いて回ったりしていた。

だがこうした生活も、1990年1月に音を立てて崩れた。警察に逮捕され、10日間投獄されたのだ。自分の道は閉ざされたと知ったナムギャルは、妻と4歳の娘を伴って、厳冬のヒマラヤの山々を越えた。まさに、ダライ・ラマ法王が1959年に越えた道だった。ほとんど凍死しそうになりながら、カルマの導きゆえか、一家はチベット亡命政府の拠点となっているインドのダラムサラにたどり着いた――3月17日のことだった。

逃亡が成功したにも関わらず、ナムギャルは重度の鬱状態に陥り、数週間ものあいだ寝たきりとなって死に瀕した。回復してからは、チベット亡命政府に職を得た。

1990年代初頭、アメリカの難民移住計画によって、ナムギャルはボストンに移住した。その18年後、故郷ラサでは2008年春の蜂起が始まり、それはチベット全域に拡大していった。

今日、武装した中国警察が重々しい銃を構えて街の通りを巡回し、屋根屋根の上には狙撃手が待ち構え、狙いを定めている。

ラサを目指してきたチベット人巡礼者は、ラサの街に3日以内しかとどまることができない。僧侶達は自分の寺院を2、3時間以上離れることは許されず、葬式の儀式を執り行うこともできない。必死になったチベット人のうち、ある者は地方の寺まで車を走らせ、一般人の服装をした僧侶達をこっそり街中へ連れてきて、仏教徒としての儀式をおこなってもらっている。そこまでお金のない人々は、かつてチベットを脱出し亡命政府の学校で学んでから帰ってきたチベット人の若者達を招いては、仏教儀式を行ってもらっている。彼らなら、基本的な祈りの言葉であれば学んでいるからだ。もし逮捕されれば、僧侶達も家族達も、厳しい処分に直面する。

チベットがこの、明言されてはいないが事実上の戒厳令下に置かれている時期、ナムギャルはめったに親族に電話をかけない。たとえ電話が通じても、中国当局に盗聴される恐怖から、親族はすぐに通話を切ってしまう。

昨年の春以降、中国による占領50周年を節目として、チベットでは断続的に抗議活動が発生している。アムドのキルティ僧院では僧侶が自らを焼身し、カムのリタンでは数百人の農夫が警察署を取り囲んだ。すべての抗議者達は、共通のスローガンを掲げている。法王のチベットへの帰還と、チベット人をそのままにしておいて欲しい、という願いだ。憤りが蓄積していく中で、チベットは深い奈落の底に沈んでしまいかねない――それによって、両方の立場の者が深く傷ついてしまうというのに。

自分自身の家族や故郷の人々に降りかかっている災難にも関わらず、ナムギャルはまだ、非暴力と対話を通じた宥和こそが、解決にいたる最善の道と信じている。彼は、5月2日ボストンのジレット・スタジアムにおけるダライ・ラマ法王の講話を楽しみにしている。そして、まもなく法王が自由になったチベットへ帰還されるようにと祈っている。自分の誕生日がもはや、法王がかの地を離れなければならなかった悲劇の日ではなく、長い間心待ちにしている喜びの日になるように、と希望している。

(筆者のロプサン・サンゲイ氏は、ハーバード・ロースクールの東アジア法学研究プログラム上級研究員であり、今回の法王ボストン訪問の設定・調整を行っている。)
**************************************

この記事の筆者、ロプサン・サンゲイ氏へのインタビュー動画がありました。
Dr. Lobsang Sangay interview on Special Meeting
(昨年11月の特別会議について)


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# by epea | 2009-03-17 23:31 | チベット・中国関連

チベット民族蜂起50周年ピースマーチ

今日、14日の午後は、ピースマーチに行ってきました。
寒かった……。でも、よかった! 
悪天候にも関わらず大勢の人々が現れました。沿道からの反応も、とてもよかったのです。ピースマーチ、やった甲斐がありました!!

天気予報では午後から雨があがるとのことでしたが、正午を過ぎても冷たい雨が強まったり弱まったりしながら続いていたため、屋外で震えながらの準備。配布物(デモ参加者用のものと、行進中に付近の通行人に配布するSFTの印刷物)が濡れてぶよぶよにならないように、冷たい雨粒に気をつけました。

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昨夜からの春の嵐の強風で鉄道のダイヤが乱れまくっていて、雨もやまず……けっしてデモ日和とはいえない環境のもと、あまり人出がないのでは、と心配されたのですが、最初はまばらだった人影も、出発地点の公園での主催者&ゲストのスピーチが終わる頃には、公園内は傘でいっぱいに。

ゲストは、ダライ・ラマ法王の甥であるケドゥープ・トゥンドゥップ氏、中国民主家運動家の王さん、ウイグルのイリハム・マハムティさんほか(公園内を動き回っていて皆様すべての話を聞き取れず、お名前を記憶できなかった方、申し訳ありません)。

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しかも、ちょうどマーチが始まるのを見計らったように、雨がやんだのです!







公園を出てから渋谷駅のガード下をくぐり、宮益坂へ。
通行人の方々の反応が、去年より格段にいいと感じました。

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歩道側で足をとめて行列を見たり、写メで撮ってくれている人が大勢いました。
チラシを配っていても、去年とはうって変わって反応がよく、少し離れたところから「ください」とわざわざ手を伸ばしてくださる方、また、受け取りながら「がんばってくださいね」と声をかけてくださる方も!(涙)

用意していったチラシは、コースの半分になる前にすべて配り終えてしまいました。

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「チベットに、パンダを、返せ~!」
(いえ、今回はパンダ・コールはなかったのですが、)日本のデモではこういった着ぐるみや着物、鎧といった衣装など、通行人の人が思わず目をとめるような趣向を凝らした参加者が多いように思います。

こちらは、冬用の正装?を召されたチベット人女性のファッション。あまりに素敵だったので後ろからパチリ。帽子も毛皮つきでふちが広くて、暖かそう。


そして……華やかな青山通りから表参道にかけての広い道を、チベット旗がジャーーック!
ずーっと先まで、雪獅子旗の鮮やかな色が続いています。

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下の一枚は、最後に、出発点の宮下公園まで戻ってきたところ。先についた人々が歩道橋の上に群がるように、こちらを見ながら待っていてくれています。

公園に入る信号の手前で、私たちがまとまって渡りやすいようにと警官の人が交通整理してくださったのですが、それを待っていたしばらく間に、歩道橋の上にいる人々と呼応するような形でコールすることができたのが最後の盛り上がりになって、ちょうどよかったです。周囲の人々にアピールする格好の機会になりました。

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久しぶりに大声でアピールできて、よかったです。叫びすぎて喉が痛い(笑)  
雨に濡れたせいかちょっとゾクゾクする。。今夜は早めに寝ます。

今日のデモは以前から企画されていた大型のものだったのですが、先週にも似たようなデモがあり、すでに報道されていたためか、今週はTV取材は来ていなかったようです。
通信社の方々は取材に来てくださっていました。雨の中、ありがとうございました。

AFP通信
「チベット動乱」から50年、都内で平和行進

*

最後になりましたが、主催のTSNJ所属団体の皆様に感謝したいと思います。TSNJというのは日本最大のチベット支援組織であるようですが、実態としてはTSNJという名前の一つのグループがあるわけではなく、「代表的な支援グループ間の連絡会」という位置づけなので、今回のピースウォークも複数の団体が協力して成立させたということになるのだと思います。私は当日にちょろっと手伝っただけで状況がよく見えていないのかもしれませんが、中でもSFTJの人々は実質的な準備作業の多くを担っていらしたようにお見受けしました。

SFTJの方々は、先のブログでも書いたように、先週土曜7日「夜」の50周年記念イベントも準備なさっていて、どうやらその佳境の頃合に、急遽もちあがった先週土曜「昼」のもう一つのデモ主催者からあれこれお願いされた事柄が重なり、非常に大変そうなご様子でした(皆さん当然ですが昼の仕事をお持ちなので、もろもろへの対策で連日深夜までメールが飛び交っていました)。そして、7日の当日には、当初SFTJで予定されていた「朝」の中国大使館前アピール&「夜」の集会に加えて、「昼」のデモにも協力……と、終日イベント掛け持ちで、本当に大変だったとお察しします。こうした状況におかれても、SFTJでは大勢で効率的に役割分担なさっていて、たいへん素晴らしいと感じました。

そして先週に次いで、今週末のピースマーチでも実働部隊の役割を果たしておられました。
SFTJの皆様、たいへんお疲れさまでした&ありがとうございました。
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# by epea | 2009-03-15 00:57 | チベット・中国関連

今週の欧米におけるチベット問題へのアピール関連リンク

(10日、チェコ大臣オフィスの窓に掲げられたチベット旗)
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11日、アメリカでは下院でチベット関連決議案が可決し、
"China criticizes US for resolution on Tibet"(ワシントンポスト紙)
"Tibet Resolution passed, Pelosi speaks, and a hundred Tibetans march on LA City Hall"(イグザミナー紙。LAデモの写真を掲載)

先のエントリでも紹介したように、カリフォルニアなど地方レベルでも同様な決議案を審議しようとの動きがあります。
"Tibet resolution stirs controversy in California"(サンノゼ・マーキュリー紙)

12日、EU議会でもチベット問題への実質的な取り組みを中国に促す決議案が採択され、
"EU lawmakers urge China to discuss real autonomy with Tibet" (AFP通信)
チェコでは10日、環境大臣Martin Bursikと教育大臣Ondrej Liskaがオフィスの外にチベット旗を掲げて支援の姿勢をアピールしました。
"Some Czech ministers publicly proclaim support to Tibet"(Ceskenoviny 紙)
"Czech Minister Honors Anniversary of Tibetan Uprising"
(エポックタイム紙。 ↑こちらの写真は環境大臣ではなく、昨年12月に法王と会談したハベル大統領)

*******************
アメリカ下院決議文:
[H.RES.226.IH] 3月9日に提出された版
[H.RES.226.EH] 3月11日に可決された版
■上記とは別に、チベット難民支援策についての法案(Tibetan Refugee Assistance Act of 2009)も3月5日に提出されています(こちらは審議中か未通過)。
[H.R.1340.IH]

EU議会決議文:
"Tibet: EU Parliament Adopts Tibet Resolution"
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# by epea | 2009-03-14 03:46 | チベット・中国関連

カリフォルニア州議会 VS.中国領事館

カリフォルニアでは、3月10日を「ダライ・ラマ法王とチベット問題に対する意識を高める日(Dalai Lama and Tibet Awareness Day)」に制定しようという提案が話題を呼んでいるようです。
"California legislature recognizes March 10th as Dalai Lama and
Tibet Awareness Day"

カリフォルニア州議会に決議文を提出しているのは、サム・ブレイクスリー議員。息子さんがTCVダラムサラで英語を教えているそうです。

昨年4月、あの蜂起の後に提出した時は通らなかったのですが、その後12月に再びトライして、このたび本議決段階まで進む瀬戸際まで持ちこんでいる、とのこと。
本当は先の月曜に討議・投票されるはずだったのが、意図的に議題から外されたため、ブレイクスリー氏は次の月曜16日に再度、議会に持ち込む予定。

投票から外された裏では、中国側が決議文を通すまいと暗躍していたらしく、
"Tibet resolution stirs controversy in California"
中国領事館の代表者が州議会議事堂のホールを歩き回って、決議案に反対するよう議員達を説得。また、総領事の名前で議員達に送りつけられた手紙では、こういう決議は米中関係を損なう、と警告している。

「世界経済の雲行きがあやしい状態にある現在、世界で最も発展の進んだ国と最も発展の進みつつある国が手をとりあい、同じボートにのって川を渡っていこうではありませんか。」
チベットは「かつて独立していたことはなく」「中国に侵略されたり占領されたわけでもなく」「中国が改革したために『中世の農奴制と神政支配』から解放されたのです」

ブレイクスリー議員は、「中国政府は『ショッキングで恥知らず』なロビイング活動を行っている」と批判。AP通信も事実関係をサンフランシスコの中国領事館に問い合わせたが、回答は得られていない。

「カリフォルニア州議員に外国政府が積極的に干渉していることがわかった以上、この決議について投票は実施されるべき。州議会で正規の手続きを踏んで作成された議案に投票が許されないとしたら、わが州議会の独立性、民主性が危機にあるといわざるをえない」

さすがカリフォルニアは意識が進んでいるといいますか、先端的な問題提起がなされる土壌が整っています。

ただし、サンフランシスコには世界最大規模のチャイナタウンがありますし、カリフォルニアには中国系移民の人々が多いですから、彼らの利益を代表している中国系議員の意見もあり、この決議が通るかどうかは微妙なところかもしれません。

実際に提出されている決議文"ACR 6"は州議会の公式サイトで読めるとのこと。

ちなみに、こうした決議文はいわば州議会の意思表示のようなもので、法案として成立するわけではない。つまり、法的拘束力をもつものではなさそうです。
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# by epea | 2009-03-13 13:06 | チベット・中国関連

ロサルの頃の街の様子

10日、11日で各国のニュースサイトにはチベット関連記事がかなりたくさん出回っていましたね。ひところ、Google newsのWorldなんてチベットものばかり更新されて上がっていたらしいです。
ほとんどのニュースでは、「チベット域内に大量の武装警察が投入されている」と伝えています。それって実際、どんな感じなのでしょう?

ちょっと見てみましょうか……?

ラプラン大通りの正月(2009年2月)
ラプラン僧院周辺の正月(2009年2月)
ラプラン街中広場の正月(2009年2月)
ラプラン大通りの正月_2 (2009年2月)
ラプラン大通りの正月_3 (2009年2月)
ラプラン大通りの正月_4 (2009年2月)
ラプラン僧院入り口_1 (2009年2月) 
なんなんでしょう黒ジャージの人たち、おおぜいで? 門前で体操でもしますか?
ラプラン僧院入り口_2 (2009年2月) 
お参りにきたお爺さんに、わざわざ迂回する道を教えてあげているんですね? 親切だなぁ?
ラプラン (2009年2月) 
なるほど! 都合のわるい人を見つけたらすぐこのバンにつっこむのですね? こんなに大きいのを待機させているなんてさすが用意周到ですね、これなら余裕で10人ぐらい突っ込めそうだし、即刻立ち去れば証拠隠滅も完ぺきですよね!
ラプラン (2009年2月) 
皆さん、催涙ガス弾もっていらっしゃるそうですよ。わぁ~さすが 大きくてりっぱな銃に、盾ですね! これならどんなにでっかい石ころが飛んできても対抗できますよね、あたまいいなぁ!

……ごめんなさい、この3月で50周年になるからって、最近になってあわてて警備増強していたわけじゃないですね、もっとずーっと前、去年の段階ですでに事実上の戒厳令を敷いていらしたのですよね! ちゃんと紹介しないといけませんね!
リタン (2008年12月)
アバ (2008年2月)
去年のロサルの頃だって、手抜きなんかしてませんでしたよね! 3月の「暴動」が起きる前にも、こーんなにしっかり警備していらっしゃったんですものね!
リタン僧院の中庭 (2008年11月)
そうそう丸腰のお坊さんを撃つにもしっかり手入れしておかないとね!
ラサ (2008年9月)
いいなぁ~ こんな中をのんびり散歩して楽しそうだなぁ!
青蔵鉄道 (2008年9月)
わぁ~これが噂の『侵略鉄道』なんですね! 車窓の景色が雄大で心が洗われるなぁ・・・!


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参考:お口直し
本来のラプラン 大タンカご開帳 by 野町和よし氏
エッセイ 「チベット・砕かれた仏の国」
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# by epea | 2009-03-13 01:00 | チベット・中国関連