ジャムヤン・ノルブ氏最新エッセイ 『さして特別でもない会議』 (1)

2月4日、ジャムヤン・ノルブ氏のエッセイが久しぶりに更新されました。題して、
『それほど特別じゃなかった会議(A Not So Special Meeting)』
チベット域内の危機的状況を鑑みて、昨年11月にダライ・ラマ法王による招集を受けてダラムサラで開催された「特別会議(Special Meeting)」を、なかば揶揄した題名であることは、一見して明らかです。

昨年の論説『中道路線の変貌』の中で、ジャムヤン氏はご自身の提言を後続の記事で説明していく、と書いていらしたので、読者としては更新を心待ちにしていたわけですが、昨年末から今冬の豪雪やご自身の体調不良など大変な状況が相次ぎ、ブログの更新どころではなかった模様です。

そして先ごろ更新されたエッセイは、題名が示す通り、ジャムヤン氏ならではの特別会議の報告書。これは……かなり生々しい「裏レポート」といった趣きです。
法王事務所から発表されている公式資料と併せて読めば、理解も深まることでしょう。

例によって長いのですが、たいへん興味深い主張と感じましたので、訳すことにしました。
限られた時間内での試訳ですので、読みにくい日本語ですがご容赦ください。
正確な内容については、原文にあたってご確認いただけますと幸いです。


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『それほど特別ではなかった会議』
"A Not So Special Meeting" by Jamyang Norbu
February 4th, 2009

「中道路線を堅持し、中国内での純然たる自治を求める方針に変化はない」という、サムドゥン・リンポチェ首相の発言をパユルで読んだ時から、11月の特別会議の成り行きは予期していた。

参加者およそ600名の大部分は、かつての、または現職の政府官僚、役人、閣僚メンバー、一部政治家達で占められていた。亡命社会の最大政治組織であるチベット青年会議(TYC)には、たった二席しか割当てられなかった。Students for a Free Tibet (SFT)にいたっては、出席を要請されもしなかった。
(訳注・SFT Japanのサイトはこちらです。)

政府関係者に対する手厚い補償があった(旅費や滞在費などが支給された)一方で、当初は参加の見込まれていた学者や専門家は招待を受けるどころか、会議開催に関する情報すら行き届いていなかったふしがある。
そのため、チベットの歴史・文化・宗教などの分野で世界的に活躍している研究者や専門家、高僧達のほとんどが、この特別会議には出席していなかった。
(参加していなかった著名人の例として、ナムカイ・ノルブ、タルタン・トゥルク、ケツン・サンポ、ディクン・リンポチェ、ツェリン・シャキャ、サムテン・カルメイ、タシ・ツェリン、など)

(訳注・以上は最初の7パラグラフからの抜粋要約。この先は原文に沿った翻訳です)


会議初日の会場、TCVの講堂は政府職員関係者で埋め尽くされ、自腹で駆けつけた人々は後方の列に座ることになった。カルマ・チョペル議長による開会のスピーチでは、特別会議の開催理由が述べられた。いわく、ダライ・ラマ法王はチベット域内の絶望的な状況を懸念してこの会議を招集した。いわく、本会議は中道政策の正当性を主張したり支持するために開かれたわけではなく、法王と亡命政府が危機的状況に取り組むうえで助けになるような様々な案や代替戦略を求めている。議長はさらに、亡命政府は他の選出グループの参加者とフォローアップの会合も続けていくことを検討している、とも付け加えた。

サムドゥン・リンポチェ首相のスピーチでは、否定辞の多用が際立っていた。この会議が何について「ではない」かを聴衆に伝えるのに多くの時間が費やされた: この会議は「中華人民共和国に圧力をかけるための政治的な戦略・戦術ではない。」「一連の交渉の失敗の責任を減じたり他者を批難するための」亡命政府による企みではない。亡命政府の現行の方針や「立場」を変えるためのものではない。現行方針への一般大衆からの支持を求めるために開かれたわけではない、等々。話の終盤に向かって、その防御的な姿勢はますます圧倒的なものになっていった。「強調しておかなければなりませんが、亡命政府は何も隠れた議題や計画を本会議の裏に隠しているわけではありません。内閣はこれまで政府の職務やプログラムについての声明を出してはおりませんし、本会議の議題に関して、何が正しいか正しくないかといったような発言もおこなうことはありません」

次いで参加者達はいくつかの委員会に分かれて、午後にはガンチェン・キション周辺の様々な場所で会合が持たれた。私は他の約30名の人々とともに第16委員会に入り、ネチュン僧院の教室で話し合った。引退した老・元閣僚メンバーが話し始めたが、2時間半も長々と弁舌をふるったため、残り時間は15分になってしまった。私はどうにか、次のような意見をさしはさんだ。11月10日の北京での会談で、中国が「実質的な」自治を求める法王の要求を決して受け入れないだろうことが屈辱的になまでに明らかになった以上、チベット亡命政府はまず第一に、中国とのこれ以上の交渉を打ち切る、と発表するべきだ。さらに亡命政府は、それが暫定的な措置か恒久的な方針かについては明言せず、あいまいなままにしておくべきだ。

翌日になって、中道路線推進派の戦略が明らかになってきた。インドやネパールのチベット人居住区の代表達は、おそらくダラムサラの指導によって、各コミュニティで会議の事前に開催されていた公の会合(市民集会)で文書化されていた議事録や決議文を読み上げることを、強く要請した。彼らはまた、一般のチベット人によって中道路線がほぼ全員一致で支持されていることを表明するべく、委員会会合の記録にも、市民集会の文書全体が含まれるようにと要求した。
いっぽう私は、「この特別会議は特に会議参加者からの新しい意見や戦略を提示したり議論する目的で開かれているのだから、中道路線や法王に対する公からの幅広い支持については別の機会に表明すればよいだろう」と、論じようと試みた。

ここで、先に述べた老閣僚もまた、この特別会議の記録に市民集会の決議文を含めることには反対する意見を述べた。彼はこの点に関して、興味深い解釈を披露した。
「11月10日の中国側の記者会見や、法王によるTCVでの10月28日の重要な声明(中国政府に対する信用の喪失)は、チベット政府の中道政策の基礎を根本的に変えてしまった。したがって、これら二つの重要な出来事の前に開かれていた市民集会の議事録や決議文は、一般の人々の善意や愛国的な思いから作られたものだとしても、今となっては現状を反映しておらず、的外れであろう。」
「今必要とされているのは、法王の直近の発言や11月10日の出来事を考慮したうえでの新しい案や戦略であり、この特別会議は、事前の討論や決議とかかわりなく、新しい議論がなされるのにふさわしい場であろう。」
だが、中道路線を固持する人々は、彼らの用意してきた文書全体を読み上げることに固執した。


(続く)
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by epea | 2009-02-17 00:22 | Jamyang Norbu
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