『さして特別でもない会議』 (2)

(続き)

多くの市民集会は、9月に特別会議の開催が公表されて間もなく、ほとんどのチベット人居住区において開かれていた。私の元に寄せられた報告によると、市民集会は中道路線政策に対する一般人の熱心な支持や承認を生み出すような雰囲気のもとに開かれていたようだ。いくつかのケースでは、チベット人は中道路線に関する議論は望んでおらず、人々は、そうした事柄全てについて正しい決定を下すダライ・ラマ法王の全知全能の力に全幅の信頼をおいている、といった印象だった。もちろん、多くのチベット人にとってそうした信頼は完全に自然なものであり、そうした心情を吐露させるのに政治家による操作などは必要ないだろう。
その一方で、過去多年にわたる交渉の努力が継続的に失敗してきたこと、そして2008年3月以降にチベット全域で発生してきた蜂起のスケールによって、中道路線という方策に疑問を感じるチベット人もまた、増加しつつあるのだ。市民集会が前もって開かれていたのは、おそらくチベット社会におけるそうした考え方の機先を制する意図もあったように思われる。

「中道路線のためのチベット人民運動(Tibetan People's Movement for Middle Way)」は、中道路線についてチベットの人々を啓蒙するためのワークショップや会合を組織する、と宣言した。他の政治団体や地方組織、居住区指導部でさえも、調整のいきとどいたこの運動に参加しているようだった。私の受けた報告によれば、この運動全体はネガティブな雰囲気に満ちていて、中道路線政策を推進・正当化するための議論は、もっぱら脅しのような作戦から構成されていた。

この作戦のために利用された根本的な恐怖感は、独立と中道に関するあらゆる議論において耳にしてきたものだ: 「チベットの宗教や文化、アイデンティティでさえも、中国人口のチベットへの急速な流入によって完全に破壊され、拭いさられてしまうであろう。したがって、私達には独立を求める闘いを繰り広げている時間はなく、中国下における『実質的な自治』を受け入れるしかない」という考え方だ。ここでは、「たとえ私達が独立という目標をあきらめたところで、中国は決して人口流入や文化的虐殺を止めない・それどころか止めることをほのめかしすらしていない」という事実については、どういうわけか常に見過ごされてきた。

代わりにいつも持ち出されるのは、1979年に鄧小平氏がギャロ・トゥンドゥップ氏(訳注・79年会談時のチベット側特使。法王の兄)に約束したとされている「保証」――「チベット人が独立を放棄すれば、それ以外のすべての事柄が話し合いの対象となる」というものだ。鄧氏は「そのような約束をしなかったのかもしれない」、またはもっとありがちな可能性として、「ギャロ・トゥンドゥップ氏が解釈したほど希望的な言質が与えられたわけではなかったのかもしれない」といった事実については、けっして考慮されないのだ。鄧小平氏のそのような発言の可能性について、中国官僚がにべもなく(そして軽蔑を込めて)否定したあの11月10日の北京会見の余波においてさえ、鄧氏の「約束」に対する信心が欠けることはなく、いまや中道路線に身を捧げる人々にとって、それは犯さざるべき精神的な真実といった様相を帯びている。

この鄧小平氏の「約束」について私の委員会でも話題になった時、私は最後の香港総督を務めたクリス・パッテン氏が著書『東と西』の中で、「イギリス植民地だった香港の中国への返還に際して、北京との交渉にあたっていた西側の交渉担当者にとっては、中国指導部重鎮らの保証や約束を額面どおりに受け取らないことがきわめて重要だった」と強調していたことについて述べた。私はまた、中国との交渉に関してはその他の書籍や出版物においてもこの問題が指摘されていることも付け加えた。だが、私はまるでレンガの壁に向かって話しているかのようだった。

もう一つの脅し戦術は、「もし私達が中道路線を放棄して独立を掲げるようになったら、チベットの大義は世界各国の支持を失ってしまうだろう」というものだ。ダライ・ラマ法王が欧米諸国を旅して受ける暖かい歓迎や、中国に法王との対話を求める各国のリーダーや政治的指導者達の声明は、中道路線政策への支持の証であるとして、素朴なチベット人たちは単純に解釈してきた(時に、この解釈はチベット政府官僚によっても流布されている)。

だが言うまでもなく、中道路線政策において掲げられている詳細事項――古くからのチベットの三つの地域(青海省全体と甘粛省・四川省・雲南省の大部分を含む)の統一、中華人民共和国内における民主的な自治統一体の樹立――について、立ち上がって明らかに支持を表明した西欧諸国のリーダーなど、一人もいないのだ。
西欧諸国のリーダー達が時おり中国指導部に「促して」いるのは、「ダライ・ラマ法王の平和的なチベットへの帰還」に関する法王との話し合いについてであり、それ以外の目的に関する対話の可能性についてはいっさい言及していない。法王の金メダル授与式において、アメリカの指導者達がおこなったスピーチを聞けば(DVDで発売中)、彼らが中国指導部に対して、法王の「チベットへの帰還」を許可せよ、と主張している例をうんざりするほど聞くことができる。「中国への帰還」を許可せよ、としている発言すらある。

世界各国のリーダー達のほとんどは、中国がダライ・ラマ法王に対していかなる有意義な譲歩も行わないであろうことを十分に認識している。けれども、対話を支持するジェスチャーをしておけば、各国リーダーは自国民に対して格好がつくし、チベット問題に本気で取り組むことによって中国を怒らせ、貿易関係に悪影響を及ぼす、といった事態を回避することができる。

中道路線推進派によって使われている、きわめて不正直で潜在的に軋轢をもたらしかねないもうひとつの主張は、「チベット人が中道路線を放棄して独立を宣言したら、インド政府はすべての難民をチベットへ強制送還してしまうだろう」というものだ。

中道路線推進派のさらにもうひとつの主張についても、述べておくほうがいいだろう。これは老年世代のチベット人達、特にダラムサラにある老人ホームのような施設に入っている人々を大いに心配させている考え方だ。それは、「もしチベット人が政治的な独立を求めるようなことがあれば、西欧からのチベット難民への支援が打ち切られ、injiスポンサー達(jindak) も支援をやめてしまうだろう」というものである。私は、少なくともダラムサラで話した2、3人の老人達からこの意見を耳にした。もし読者の方々が似たような話を聞いていたら、詳細を教えていただきたい。

(続く)
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by epea | 2009-02-18 02:27 | Jamyang Norbu
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