『ランゼン: 独立チベットの論拠』 - 6

■ Why Give Up Now?
なぜ今、あきらめるのか?

特に中国人のチベットへの流入、とりわけ新しい鉄道の完成後にそれが加速している点を考慮すれば、チベット域内の状況が陰鬱であることはたしかに否定できない。だが、ダライ・ラマ法王の御旗を掲げる中道路線推進派による定番の議論、すなわち「中国人の流入を防ぐには、私達は自由を求める闘いを放棄して中国の支配下で生きていかなければならない」という主張は、明らかに間違っている。中国指導部や官僚の誰かが果たして、「もしチベット人が独立への要求をあきらめたら、中国人の人口移動策を考え直してもいい」などと、遠まわしにでもほのめかしたりしているだろうか? もし自由を求める闘いが放棄されてチベット域内の状況が落ち着いたら、中国人の移住は明らかに増加するだろう――過去5年間よりもはるかに大きな規模で。そして、ダライ・ラマ法王とチベット亡命政府がチベット領土における中国の統治を受け入れたら、中国人によるチベットへの人口移動が、世界の人々の目前で、完全な意味で明らかに合法化されてしまうことは、国際法に関する深い知識がなくても、容易に想像できる。

中国人の移住に対抗する唯一の策は、外国の投資家や中国人の起業家・求職者達が、「チベットは利益をもたらすどころか、ビジネスを行っていくには耐えられない土地だ」と判断せざるをえないほど、自由を求める闘いを活性化して、チベット域内の状況を流動化させることだ。たとえチベットの独立がごく近い将来に実現できないとしても、世界の耳目の前にはっきりさせておくべきことは、チベット高原は大いに「紛争中」の地域であり、チベットの独立問題は解決済みとはほど遠いという事実である。

中国人によるチベットへの移住がいかに深刻な事実であるとはいえ、この状況は完全に逆転できないわけではない、ということを、私達は肝に銘じておかなければならない。かつてスターリンは、リトアニアやラトビア、エストニアといった非ロシアの小国に対して、大規模なロシア人移住策を強行した。1939年の時点で、これら三国の人口は合計で600万人と、現在のチベット人とほぼ同数だった。スターリンは数千人ものバルト諸国の先住者達を処刑し、また数百数千の人々をシベリアに追放した。(こうした施策により、)当時の世界ではバルト三国は終焉したものと理解された。1950、60、70年代にかけては、これらの国々が存在していたことすら人類の記憶から消滅してしまったかのように思われた――これら三国の公式な代表者が、ロンドンとニューヨークに駐在事務所を構えていたにもかかわらず。リトアニアに生まれ育ったポーランド人のノーベル文学賞作家チェスワフ・ミウォシュは、自身の著作『囚われの魂』の最終章でバルト諸国の人々の声を代弁しているが、「スペインのコンキスタドール(征服者)によって絶滅させられたアステカ族のように、古代から続いてきたバルト諸国の歴史も終わりを迎えたのだ」と、心に残る痛ましい所感を残している。

しかしソビエト連邦が崩壊し、これら小さい三国は独立国家となった。諸国の中にはまだ相当数のロシア人が住んでいる。彼らはかつて三国の存続や独立性に対するあからさまな脅威と考えられていたが、もはやそうではない。心に刻んでおきたいのは、以前はソビエト全体主義とロシア移民によって完全に抹殺されたと信じられていたこれらの小さい国々が、今や自由な国家だということだ――昔から伝わる自分達の旗を掲げ、自分自身の言語を話し、自由を謳歌している。

チベットは中国支配下の最悪の時代でさえ、バルト三国ほど完全に消滅させられていた時期はない。そして今、あらゆる場所に蔓延しているビジネス上の利益や各国政府の冷笑にさらされながらも、チベットはとにもかくにも、世界の人々の関心を集め続けている。たしかにそれは、いつも私達が望んでいるような注目であるとは限らない。にもかかわらず、チベット情勢には世界中から何らかの意識が向けられており、しばしばその窮状に対して関心が寄せられている。もし、私達が独立を諦めてしまっても仕方ない、と思われるような言い訳が通じる時期があったとしたら、それは国際共産主義と中国のチベット支配が永久に続くかと思われた1960年代と70年代だったであろう。当時、自由主義世界の多くの知識層や著名人達は、共産主義中国と毛沢東首席の思想に夢中になっているように思われた。

まさに現在、チベットは、90年代の絶頂期よりは大幅に縮小したとはいえ、きわめて並はずれた注目と共感を世界中から集めている。言うまでもなく、こうした同情がチベットの大義を支える政治的な支援に転換していないのは、たしかに不運である。私達チベット人、特に宗教上の指導者は、私達の政治的な目的を世界に対して明確に、恒常的に示してくることができず無力だったことに関して、重大な責任を負うべきであろう。実際に、こうした首尾一貫性の無さが、私達自身の活動家や支援者達の間に混乱を拡大し、大義のためのあらゆる努力は泥沼に陥ってしまったのである。
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by epea | 2009-07-23 23:22 | Jamyang Norbu
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